第七話 お久しぶり
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ーーーーー「起きて、そろそろ行くよ」
まだぼやけている頭にシードの声が響く。
えっと、…そうか、ここは水瓶の森か。
シャルはゆっくりと目を開けると強くも穏やかな朝日が目に飛び込んできた。
「もう朝だよ。直に出発するよ。今から出発すれば昼には着くらしい」
「そうだな。私達はこれから葡萄色村に向かう。そこになら宿もある」
マルガルはシードに続き情報を補足した。
「そうだな……早速行こう。シード、発信機の針はどちらを向いてる?」
俺はふと尋ねる。
「ええと、相変わらずロストロ方面だね。昨日からほぼ針は動いてないよ」
「そうか、ありがとう」
あの女……トレシアはロストロに潜伏しているのか?
俺は出発の準備を整え、マルガルらと共に出発した。
「葡萄色村はこことロストロを結んだ中間にある。休憩ポイントとしては十分だ。……いや、目的はそれだけではないのだが。」
マルガルは少し顔をしかめる。
「それだけじゃない?」
「あぁ。ちょっと会いたい人がいるのじゃよ。」
マルガルはさらに顔をしかめた。
「会いたい人というのは?」
俺は尋ねた。
「娘じゃ。最近会ってなかったからな。」
「へぇ。家庭持ってるんだな。」
ディバイドがいかにも意外だというように呟いた。
「…嫁はおらんがな。」
マルガルもディバイドと同じく呟くように答えた。
「亡くなった…という事ですか?」
シードが神妙に問いかける。
「いや、嫁は元々おらんよ。娘が養子だという事だ。」
「なるほど」
納得したシードは頷いた。
「私の家庭の事よりも…君達の事をもっと詳しく教えてくれないか?」
マルガルは軽く微笑むと優しくそう言った。
「話す事は少ないですけど…何せ私の出生は不明なので」
俺は淡々と答える。
「不明?」
意外な返答に不意をつかれたマルガルはこちらを振り向き目を丸くした。
「物心ついた頃には孤児院に居ました。16の歳の時に何処からかふらっとシードが孤児院に現れてそれで知り合いました」
俺は歩くスピードを緩めながらそう話す。
自分の話が出たと気づいたシードはマルガルの方に目をやると俺と同じ様に出生について話し始めた。
「僕の母親は僕が孤児院に来る2年前に病気で死んで…元々片親だったからそれで一人きりになって…」
この話は何度か聞いた事がある。触れにくい話題である故、自分から聞き出す事はないのだが。
俺らの話を聞き終えたマルガルは柔らかい表情をしていた。
そしてまるでおとぎ話をする様なマルガルも話し始めた。
「君達2人はどちらも孤児院で育ったのか… 奇遇じゃ。私は昔孤児院で孤児の世話を見ていた事があってな」
意外な彼の話に俺は思わず一歩前に出た。
「孤児…主に戦災孤児じゃ。水瓶戦争での孤児だ。昨日話したトレシア率いる軍団とギルドの交戦じゃよ。多くの子供が家を失い、親も失った。戦後、都市ロストロには沢山の孤児院が建てられた。そんな中私はそこで働いていたんじゃ」
「水瓶戦争…そんな戦争って言うほど大規模な戦いだったのか?」
ディバイドが尋ねる。
「あぁ。それはもう大規模な戦いじゃったよ。私も戦いには参加した。まだ私が40手前だったころの話じゃ。その時には既に体の衰えを感じていたが今と比べるとそりゃまだまだマトモに戦えた」
「さっきの弓矢の技は凄かったですね!きっと昔はロストロ一の弓の名手だったんじゃないですか?」
シードが無邪気にマルガルへ質問を投げかけた。
「そうじゃったかもしれんな…ただ…」
無邪気なシードとは裏腹にマルガルは立ち止まり表情が曇る。
「私は自身を過信しすぎた。実力不相応に。」
マルガルは深く重い鉛のような声で呟いた。
「過信しすぎた…?」
俺は唐突なマルガルの声色の変化についていけずおうむ返しのように言葉を繰り返した。
しかしマルガルは
「……いや、すまない。変な事を言ってしまった。気にしないでくれ」
とだけ答えるとまた歩き始めた。
これ以上聞く事は雰囲気が許さないと感じ俺も再び歩き始めた。
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時は一週間前に戻る…
薄暗い回廊に足跡がこだまするように響き渡った。
その足跡の主は1人の細身の眼鏡をかけた男だ。
回廊の奥には玉座がありそこには1人大柄な男が足を組み腰掛けている。
細身な男はその玉座に鎮座している者の元へと近づいていくとひざまづき言葉を発した。
「キンド様。ついに見つかりました。」
柔らかくも不気味な声で彼は話す。
「……ついにか。何処にいた?」
玉座の男、キンドは重厚感のある声で尋ねる。
「フィンガーディアンズです。名はシャル。間違いありません。」
男はそう言い終わるとフフフと不気味な笑顔を見せた。
「"あの"シャルで間違いないのか?」
「ええ。もちろんです。あの杖も所持しておりました。伝えどおりです。」
「誠か。よろしい。トレシアを追尾する作戦は功を収めたみたいだな。後はトレシアを潰し杖を奪うだけだ」
キンドはそう言い切ると胸の前で手を強く握りしめた。
「それが…シャルの奴はトレシアを追い返しました。あの忌まわしきワープ魔法を使って。トレシアの所在は不明です。彼は現在国営ギルドの者と共にトレシアの暴挙について調査を行っております。これはシャル本人から杖を奪うのが得策かと」
細身の男は話終わると同時に眼鏡の位置を目元まで戻す。
その様子を見たキンドはニヤリと笑った。
「ほう…。理解した。シャルを追え。一師団分の軍を派遣しろ。団長はお前に任せる。」
「師団一つ分ですか…⁉︎個人を追うには余りに多いのでは…⁈
男は驚きのあまり顔を見上げる。
「シャルのみが出兵の目的ではない。ロストロの動乱は知っておるかね?」
キンドは深く思慮深い声で話す。
「もちろんでございます。先日国営ギルドロストロ支部より伝達が。どこの誰かも分からぬ武装集団が一夜にして現れたと。ロストロ周囲の防衛網が突破された形跡はなく不自然に現れたそうです」
「そうだ。今回の出世はロストロの動乱を鎮める役目も兼ねておる。ロストロの輩の数は約800らしいな。大した規模ではない。ただしかし…一夜にして現れたと…怪訝だ。すぐ様出兵し状況を確認してくれ。シャルはロストロでの動乱を治めた後、そのまま南下し捉えよ」
「分かりました。三日後には出陣できるよう準備を進めておきます。」
「ただ…やはり、ルードルートには警戒しろ。」
「そうですね…。確かにこのままではシャルを求めてトレシアとも交戦する可能性があります。その時は…」
男は目を細めキンドを見つめた。
「全面戦争は避けられない…」
「よくわかっておる。側近に据えるのに申し分ない。」
キンドは軽く笑いながら立ち上がるとゆっくりと回廊の窓の元へ歩いていった。
「我が王国が待ち望んだ瞬間だ…。やはり"神"の魔力は計り知れなかった。300年など…人の成せる技ではない。」
窓の外の庭を眺めながらキンドは話す。重みのあるその声が回廊中にこだまするように響き渡る。
「そう思うだろ?スポーニン?」
キンドは細身の男へ尋ねた。
「えぇ。もちろんです。キンド様」