第五話 水瓶の森
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想像よりかなり薄暗い。ゆらめく木立ちの木漏れ日が微かに森を照らしている。木漏れ日は静かに湿った土を照らし、森は木々の匂いで満ちていた。
「凄く暗いね…ちょっと怖いかも…」
シードは神妙な口調で語る。
「それにしても空気が湿ってるな…雨でも降ったk…」
ディバイドが口を開いたその時だった。
ーーーーーガサッ‼︎‼︎‼︎ーーーー
背後で葉が揺れあい枝が触れ合う音がする。
なんだ…⁉︎
即座に俺は杖を背後に向けディバイドは背中に差した剣を引きシードは腰に当てたピストルらしきものに手を添えた。
こんな昼間から魔獣か…?
俺はその広がる暗き木々の隙間を凝視した
ーーーーが、そこに何者かの影は見当たらない。
「今の何…」
「どこから来るか分からないな…!後ろには気をつけろ!」
シャルは自身の身を引き締める事も兼ねそう叫ぶ。
周囲は薄暗く湿った空気に覆われ、そのうえ杖を握る手の汗の感触が滲む。
ーーーガサッーー
小さく草陰から音がなる。その不穏な音は高くそびえる木々の葉の先まで確かに響き渡る。
(必ず何者かが隠れている…!いつ不意打ちを喰らってもおかしくないはずだ…!)
「どこだ? おい!来るならさっさと来い!」
ディバイドはそこに居る何者かを糾弾するように叫ぶ。
(埒が開かないな……あの魔法を使ってみるしか…)
シャルはそう思案すると
おもむろにシャルは自身の胸の前に杖を掲げる。
シャルが目をそっと閉じる。途端、杖は魔力を取り込め始めた。
杖に嵌め込まれた透明な石は五月晴れのような淡い水色の光を空中から吸収しはじめる。石自体も藍白に染まっていく。
石が激しく光始めたその時、シャルは魔法を唱えた。
「電光察知!!」
シャルが魔法を唱えた瞬間、辺りが稲妻が走る時の様に眩く光る。その時、杖の石から水色の光線が一直線にシャルの左斜め前の暗闇を目掛けて照射される。
「おぉお! なんだ⁉︎ 魔法使ったのか?」
ディバイドが急な光に驚き声を発する。
「今の魔法は『電光察知』魔力を持った一番近い者に光線を当てる魔法だ。光線に攻撃力はない。」
俺は淡々と説明する。しかし、この光線の先になんらかの魔物が居るのは間違いない。気を引き締めなければ。
シャルは一歩、一歩と光の進む方へ歩みを進める。
湿った土を踏み締める音が明瞭に聞こえる。
シャルが七歩程歩みを進めたその時だった。
ーーギュルルル‼︎‼︎‼︎ーー
突然、暗闇から飛び出すようにして魔物が飛びかかってきた。
咄嗟にシャルは身をかわし杖を魔物へ向ける。
(クトゥルウルフ…!夜行性のはずだが…何故だ!)
「大丈夫か⁉︎」
ディバイドがシャルに叫んだのも束の間、ディバイドにも更にもう二体暗闇から"クトゥルウルフ"が襲いかかる。
「うおっ! 危ねぇな! 畜生、受け取めやがれ!」
ディバイドは大振りのその剣を両手で持つと横一文字にウルフを薙ぎ払った。
ウルフは2体とも二メートルほど吹き飛んだがすぐに体勢を戻す。
(俺も負けてられない…!)
「簡易魔法『火球』!」
シャルが魔法を唱えると幅1メートルほどの火の玉が杖よりウルフに向かって放たれる。
ーーグルシャァ!ーー
火球を食らったウルフは大きく仰け反り尻尾を燃やしながら森へと逃げていった。
「そっちは大丈夫か⁉︎」
とりあえず一体は撃退したがまだディバイドとシードはまだ二体のウルフと交戦しているはずだ。
「なんとか!…この魔物しつこいね!『牽制砲』!」
シャルは俺の呼びかけに答えると同時に手に持っている小型のピストルを発砲する。
弾はウルフに当たると大きな音を立て強い光を発しウルフを吹っ飛ばした。
(これ何処かで見た事あるな…………そうか! あの女と戦った時の…!)
「シャル!ボーっとしてんじゃないぞ!なんか、そうだ!お前適当空間移動でこいつらもどっかにやったりできないのか?!」
そうか…!その手があったか!この魔法を使えば戦わずに済むじゃないか!!
「適当空間移動!!!」
俺が魔法を唱えると目の前のウルフの足元に魔法陣が現れた。魔法陣は光り輝き、光はウルフを飲み込む。
「ギャルルルル」
光に飲み込まれたウルフは驚き唸り声をあげる。
それも虚しく、光と共にウルフの姿は消えていった。
「シャル!上手くいったな!」
「なんとかな」
「 良かった…っておい!後ろ見ろ!」
ディバイドの表情が一気に変わり俺の後ろを指差した。
あろうことか、シードの背中には新たなウルフが迫り、既に飛びかかっている最中であった。
(まずい。会話に気を取られていた…! )
ウルフがシードに飛びかかるその様子がスローモーションに見える。このままではシードが死んでしまう。もし俺が旅に連れてこなれば…!
刹那の間に色々な思考がシャルの脳裏を駆け巡る。
絶対絶命か。そう思われた次の瞬間だった。
ーーーザシュッッーーー
どこからかウルフの首元に一本の矢が放たれる。
その矢は確かにウルフの動脈を突き刺すと電撃を激しく放ちウルフを吹き飛ばした。
(今のは…?)
あまりに一瞬の出来事に思考がフリーズする。
シャルは恐る恐る矢が飛んできた方向に目をやる。
(誰だ…?)
そこには馬に跨り弓を構える短身の男が居た。
細かな年齢は分からない。だが、70は超えているだろう。
長い髭を持ち髪は茶髪だが年老いた影響で所々に白髪が混じっている。
そこに居たシャル・ディバイド・シードの全員が唐突で衝撃的すぎる一連に驚きの余り言葉を失っている中、その男は静かに弓を下ろし口を開いた。
「水瓶の森に何をしに来た…青年らよ…」
しかし、口を開く者は誰1人としていない。
沈黙が5秒程続くと男は馬から飛び降りゆっくりと俺らに近付くと自己紹介を始めた。
「私は水瓶の森の狩人"マルガル・シュッピータ"だ。先程近くを通ったら見慣れぬ光を見たものでな。光の元へ向かったら君達がいたと言う事だ。」
(見た感じ敵ではないな…助けられた…)
シャルは自分達を助けた恩人を失礼にも敵かと疑っていたのだが味方である事が分かると一気に安堵した。
「…助かりました! ありがとうございます!」
シャルは先程まで心の中と言えど大きな無礼を働いていた事もあり、大きな声で感謝を述べる。
しかし、狩人マルガルは一切表情を変える事なく更に質問を重ねる。
「先程も言ったが…何故ここに来た。その服装からしてロストロの者ではないな。今ロストロは戦争中だ。知らなかったのか?それともこの水瓶の森に用が…」
「いえ、ロストロに用があります。」
シードがキッパリと答える。
するとマルガルは驚いた様子で
「子供まで居るではないか…! 君達、一体何を考えているつもりかね⁉︎」
と驚きと怒りが交差するような声を発した。
「彼…シードは普通の子供とは違います。その点に心配は入りません。」
俺は答える。信じてもらえるかなど怪しいのだが。
「いや、子供がこの森に侵入するのは言語道断だ。青年である君ですら危うかったであろう。」
マルガルがそう言い放ったその時、それまで黙っていたディバイドが口を開く。
「あれを見てみな。そこのウルフ。あれコイツ1人で仕留めたんだぜ」
マルガルは言われるがまま死んだウルフに近づくと一気に驚いた表情に変わる。
「完全に胸に一撃入っている…! 本当にこの子が仕留めたと…」
「えぇ。間違いありません。」
「……とりあえず共に町へ行こう。道を案内してやる」
マルガルは再び馬に跨るとシャル達の歩くスピードに合わせ歩き始めた。
「…結局の所、子供を連れてまでロストロへ向かう理由は何かね?」
マルガルは前を向いたまま俺らに問う。
「…人を訪ねてです。決して友達などではありませんが。」
俺が答えるとマルガルは何かを察したのか無言でうなづく。
「…どうしてもと言うなら止めはしないが……ロストロは今とても危険な状況だ。それでも向かうと言うのか?」
「覚悟はできています。どうしてもの用事です。」
シャルは即答した。
「…なら止めないが……くれぐれも気をつけなさい。ロストロを荒らす彼らの正体は分からぬ。ただ国営ギルド軍に対抗するだけの力は有しておる。ただ事ではない…」
そこからマルガルはこれ以上俺らについて問う事は無かった。
「ところで…何故ここが"水瓶の森"と呼ばれるか知っているか?」
「いえ、全く…」
これに関しては本当に知らない。
「地下水が沢山湧き出るんじゃよ。しかも生い茂る木々の影響で雨が降ると地面が湿りっぱなしじゃ。しかも普通の森より一層暗い。水瓶の底のように…。そのせいで夜行性のウルフが昼夜問わず活動するようになった特殊な森なんじゃよ。」
なるほど。だから日が暮れてないにも関わらずウルフが襲ってきたのか。
「…あと一つ、この森が水瓶の森と呼ばれる由縁がある。」
唐突にマルガルは神妙な表情になり歩みを止めた。
「"朗々石"じゃ。」
「朗々石?」
ディバイドはオウム返しで尋ねる。
俺もそんな名前の石は聞いた事が無い。魔石の一種か?
「聞いた事はないであろうな。当然だ。なにせ私はこの水瓶の森以外でその石を目にした事はない。私達はその石を朗々石と呼んでおる。」
ここでしか取れない魔石…? 魔石が一部地方でしか取れないなんて珍しいな。
「朗々石は水瓶の森でしか取れない石だ。 単刀直入に言うなら、ここでしか取れない魔石じゃ。魔力を吸収すると水色に光るんじゃよ。まるで氷のように。この石がここらの土にはちらほら埋もれておる。」
マルガルはそう言うと再び馬を降り地面の土を掬い上げると軽く振った。
「ほら、これじゃよ。見えるか?」
……?見えない。
シャルは更に目を近づける。
マルガルの手に乗った土を凝視するとキラリと光る粒が一瞬見えた。
これか。大きさは砂粒一粒に満たない程の大きさ、注意して見なければまず見えないだろう。
シャルがその粒を懸命に凝視する様子を見るとマルガルは微笑した。
「はは、それじゃよ。あまりにも小さいだろう?面白いくらいにな。」
「あぁ…そうだな。」
ディバイドもゆっくりと頷いた。
「だが……私にとっては大きな存在だよ。 良い意味では無いがな。」
急なマルガルの発言にシャルもディバイドもシードもみな固まる。
「あぁ…話すと長くなるが… 日も暮れてきた。夜は昼と比較にならない程危険だ。その開けた場所にテントでも立てて…」
冬の凍てつく風は夜が訪れた事を知らせている。
風に含まれる僅かな陽気も今絶えようとしていた。