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第四話 世間話

 




 ーーーーーーーーーー


「昼飯はどうする?」


 ディバイドがそう尋ねる。

 10キロほど歩いただろうか。太陽は空高く上り街の隅々に陽光が照り渡っていた。


「あぁ。そうだな。この辺りには港の魚を使用した海鮮料理の店が立ち並んでいるはずだ。ロストロとフィンガーディアンズの中間ぐらいに位置する立地で材料輸入も集客も両立できるらしい。」


「えらく詳しいな。シャル。そんなに海鮮が好きか?」


 ディバイドは面白そうに俺をからかった。


「いや、別にそんな事もないけど… ただ単に俺はこの街が自分の住む街だから知ってるってだけだな…」


 事実そうなのである。俺は生まれた時からフィンガーディアンズにある孤児院で育っており、国外には一歩たりとも出ていない。




 …いや、当たり前か。この国の国民は"誰1人として"国外に出る事はできない。法律で禁止されているのだ。




 ウィンスター王国と周辺国の国境には「ピースウォール」と言う高き巨大な壁が連なっている。


 ウィンスター王国軍による厳重な警備がなされており、まず通行する事は不可能だ。仮にワープ魔法を使ったとしても、ピースウォールに張られた強い結界によって国境を跨ぐ事は決してできない。



「結局どうする?…お、よさげな食堂あるな。そこ入ろうぜ」


 考え事をし目が泳いでいた俺にディバイドが話しかける。

 …俺も腹が空いてきたな。


「あぁ そこか。俺もたまに行く場所だな。シードもいいだろ?」


「僕は正直どこでもいいや」


 シードはいつも食事にはあまり興味がない。別に悪い事ではないのだが。


 シャル達は食堂へ入ると入り口に近い窓際の席に腰掛けた。

 少しするとウェイターが注文をとりに来たので全員日替わり定食を注文した。悩んで中々決まらない時はこれに限る。


「今俺らはロストロへ向かってるんだよな? ロストロってどんな街だ?」

 ディバイドはロストロへ行った事はないようだ。


「ロストロか…炭鉱として栄えた街だが30年ほど前に石炭を掘り尽くしてしまったらしい。そのせいで人が次々と離れて今となっては完全な過疎状態らしいな。」


 俺もロストロについて大して詳しくはない。今話した事が持っている情報の全てである


「ロストロにあの女が潜伏してるかもね。近くの森は魔獣だらけで決して安心とはいえないし、ロストロに逃げてる可能性は十分あるよ」


 俺の隣の席に座っているシードが自身ありげにそう話す。

 確かにその可能性は高いだろう。ロストロ近辺の魔獣は他の地域と比べても比較的強力である。あの森で魔獣が活発に動く夜をやり過ごすのはあまりに危険すぎる。


 その時、不意に俺の肩にゴツゴツとした大きな手が置かれた。

「ローズムーン君じゃないか 元気にしてたか?」

 威勢のいいガラガラした声で俺に話しかける大柄のこの男はこの食堂の店長のおっちゃんだ。


 俺は孤児院を出た後、しばらくはここのお世話になっていた。一年ほど前からあまり訪れる事がなくなっていたが。


「お久しぶりです、店長。元気にしてましたよ。店長こそどうでした?」

 俺は久しぶりにあった人には無難な会話しかできない。


「俺はいつだって元気よ。そこにいるのはシード君と…君はローズムーン君の友達かな?」


 おっちゃんがディバイドに話しかける。


「ギルドの同僚だな…でも俺達もう友達だろ?シャル?」

 ディバイドは砕けた口調でおっちゃんに返答すると同時に俺に質問をしてきた。


「…そうだな。もう俺達友達だな。ただのギルドの同僚じゃない」

 俺は答えた。事実もう俺らは友達のようなものだ。ただ、俺らが共に行動している理由はそんな明るいものではないが…


「それで…君達はどこに向かってるんだ? その服装を見ると少し外出するだけには見えないが。」


 このおっちゃん中々鋭いな。


「ロストロに向かっているんです。個人的な用事があって。」

 俺は隠す事もなく返答した。流石に細かい目的までは伝えなかったが。

 次の瞬間、おっちゃんは怪訝な表情を浮かべた後衝撃的な事を口にした。


「ロストロに行くって…知らないのか? 今ロストロはマトモにいけるような状況じゃないぜ」


 おっちゃんがそう話した途端、シードはテーブルに身を乗り上げた。


「マトモに行けないって…何が起こって…」


「…ロストロは今交戦中なんだよ。よく分からない集団とね」


 …よく分からない集団…? 今俺が追っている女に関係はあるのか? 


「あくまで俺が伝聞で聞いた話だが…つい昨日武装集団が現れて手当たり次第住宅を破壊したり窃盗を行ってるらしい。既にロストロの国営ギルドと民営ギルドがそこで戦ってるな。」


 ……ますます訳が分からないな。だが、あの女が絡んでるかもしれない。今はロストロへ行くのが正解か。



 俺らがそうやっておっちゃんと話していると先程頼んでいた定食が席に届いた。会話の内容が内容なだけあって頼んだ定食の存在を忘れていた。


 定食は近辺でとれた魚の丸焼き(なんの魚か分からない)と三切れ程のパン、後はスープだ。焼き魚の匂いが鼻先に届くと今まで緊張で感じてこなかった空腹が一気に押し寄せる。


 俺らは定食を口に頬張りながらおっちゃんの話の続きを聞く。


「なんかな、噂程度の話だから当てにならんがな、どうやらそこの武装集団は『我らは300年の輝きを取り戻す‼︎』なんて叫びながら戦闘をしてるらしいんだよ。訳わかんないな。なんこっちゃ。」


 おっちゃんはそのゴツゴツした手で大袈裟なジェスチャーをしながら話す。


 その時、シャルの脳裏に青天の霹靂の様な電光が走った。

 ……300年? そのフレーズはどこかで聞いた事がある。

 どこだった? 思い出せ…


 しかし、記憶の底を辿ろうとすればするほどシャルの意識は深いまどろみの中に消えていきそうであった。


「なるほど…今はロストロは危険だと言う事ですね…困りました…」

 シードがかしこまった口調で独り言の様にそう言った。


「でも、北東に行くにはロストロは絶対通らなきゃだろ?

 ほら、ロストロの周りにはカルデラが広がっているから」


 ディバイドが得意気に胸を張って話す。


「そうだな。山脈を越えるにはロストロを通過してカルデラの中を通っていくしか道はないな。ディバイド、意外と地理には詳しいんだな」


「"意外と"とは失礼なやつだな!俺だってそれぐらいは分かるぞ!」


「はっはっは! 若いだけあって元気がいい!良い友達を持ったな! ローズムーン君。」

 おっちゃんは腕を組みながら大胆に笑った。このおっちゃんはいつも大胆に笑う。


 気づくと壁時計は午後1時半を挿そうとしていた。


「はは、じゃあそろそろおいとまするか。じゃあお代の10RUBE…」


 俺はおっちゃんの手の上に代金を握手をする様に置いた。しかしすぐにおっちゃんは優しく俺のローブについているポケットにお金を押し込む様に戻してきた。


「えっ、いやいいんですよ」

 俺は思わず慌てる


「いやいや、いいんだ 今日くらい。久しぶりに会えて良かったよ。今日は私の奢りだと思って受け取りなさい」


「…すいません! ありがとうございます!」

 旅費の面で憂慮があった俺としては本当に助かる。


 俺らは何度も執拗な程に何度もお礼を重ねながら食堂を後にした。



「中々にいい店だったでしょ?」

 シードがディバイドに話しかける。


 しかし、ディバイドはシードの事など気にも留めず別の事を考えている様子である。


「ロストロは交戦中か…極力巻き込まれずに通過したいが難しいだろうな…」


 …ディバイドは話の流れをぶった斬ったが、それは全員の総意だろう。俺だって戦わず済むなら戦いたくはない。


「そうだね…。でもロストロを避けて通るとそれだけでひと月はかかってしまうよ…」

 そう言い終えるとシードはもうどうしようもないと言うように俯く。


 ひと月か…それはまずいな


 シャルにはなにせあまり所持金がない。旅がひと月も長引くなど言語道断なのだ。


「…仕方ない。ロストロは通行しよう。もしおっちゃんの言う様に戦闘が行われているなら当然危険は付き纏う。でも俺らには武器がある。最悪の場合は戦おう。」


 シャルは言い切った。元々あの女を追う時点で戦闘は覚悟の上の旅だ。あの集団が女と関わりがあるというのならなおさらだ。

 すると


「14歳の子供に戦えって言うのか?」


 ディバイドがすかさずツッコむ


「それは心配いらないんじゃないか? な、シード?」


 俺はそう聞いたが、シードは何も言わずクククと笑うだけだった。


「お、あれ森じゃないか?」


 ディバイドにそう言われ前方の遠く霞む景色に目をやると緑の木々が確かに生えているのを確認する事ができた。


「"水瓶の森"だね。ロストロを囲う様に生えている森なんだ。上空から見るとまるでドーナツの様に見えるらしい。」

 シードが話す。


「本当なんでも知ってるな。7歳も差があるのに全然俺の方がバカだな」


 ディバイドが自虐を交えシードを褒める。

 俺自身もシードの知識量にはよく感嘆させられる。

 共に住んでいた俺でさえシードがどこからその知識を得ているのかはさっぱり分からない。シードは特段本を読むタイプではない。


「森へそろそろ入るな。さっきも言った様に魔獣が多く居るはずだ。気をつけて行こう。」


 シャルはそう言ったが多分大丈夫だろうと内心考えていた。

 水瓶の森に潜む狼型の魔獣「クトゥルウルフ」が活発に動くのは夜。日が暮れる前に森を抜ければ問題はないはずだ。



 それまで雲に隠れていた陽の光が一気に降り注ぎ眩しさのあまりシャルは目を細める。先は長い。でも少しずつでも前進している。

 シャルらは森へ続く石造りの道の上でまた一歩と歩みを進めた。




 

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