第十話 クラック隊の暴挙
ーーー宿に到着した俺らは荷物を床に置き、二つあるベッドに腰掛けていた。話題は無論、ロストロへの旅についてである。
「どうやってロストロの混乱を上手く切り抜けるかだよな」
ディバイドは大きくため息をつきながら言った。
「…いや、むしろ俺達はロストロの混乱に頭から突っ込んで行かなければならない可能性が高いと思う。だって…マルガルの言ってた『トレシア』はあの女の事じゃないのか?」
「あぁ…多分な。実際にあの女を見たのはシャルだから俺は細かい事は分からないがな。もし、その女が"トレシア"だとして、同胞であるなら…ロストロでクラックと合流しているかもな。」
ディバイドは俺と話しながら剣を床に置き手入れを始めた。
「俺らの旅の目的は覚えているか?」
「あの女の持つシャルの出生についての情報を聞き出し、ウィズイン・レオナードを救出する。可能であれば、あの女を討つ事だ」
ディバイドは剣を磨き続けながら無機質にそう言う。
「…とりあえず、受信機の針の指す方向へ向かい続けるしかない。シード、今針はどこを指してる?」
俺は後ろにいたシードに気軽に聞いてみたはずだった。
「…発信機からの通信が途絶えてる……」
シードは絞り出す様な震える声で言った。
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(小汚い地下階段だわ…)
トレシアは地下深く広がる暗闇に一歩、また一歩と足を踏み入れていた。
日の出前に街を見つけたトレシアは、陽光から逃れるため、適当な地下階段を見つけ地下に降りていた。
足音がコツ、コツと鳴る。人気を感じられないその階段にこだまのように響き渡る。
(火薬の匂いがするわね…めんどくさいところに来たかしら…)
吸血鬼は暗闇に強い。それは生涯日光を避けて生きなければならない彼女らにとって必須の能力である。
しばらく階段を降り続けていると少し広めの空間に出た。地下の壁は灰色の無骨な石で作られており、洞窟のようにも見える。
ランプなどの灯りは一切なく、入り口からそそぐ僅かな陽光も暗闇に呑まれていく。流石の吸血鬼のトレシアと言えど周囲を認識する事は容易な事ではなくなっていた。
トレシアは更に奥へ歩みを進める。その時だった。
(…あら?明かりを感じる…そこの角を右かしら…)
僅かな明かりに気づいたトレシアはその光源に向かって歩き出した。角を曲がると人の声も聞こえ始めた。
(なんだ…人がいるじゃない)
道を進む。光へ近づく。そうやってトレシアが歩いた先にあったのは一枚の木の扉だった。扉の隙間からは光が漏れ、騒ぐ声も聞こえる。誰かがこの先にいるのは明白だ。
トレシアは扉を開けた。
「あ?誰だ?」
「吸血鬼だぞ。こいつ。」
「おい!なんか女が来たぞ!」
部屋に居た男達は次々に叫ぶ。
彼らはいかつい武器を手にしている。身なりでいえば盗賊などが近い。
その時、一人の男が立ち上がりトレシアの元へ近づいてきた。目つきは鋭く、金棒のような武器を手にしている。
「よぉ。嬢ちゃん。どこのもんだ?酒飲んでたとこなんだよ。ここの地下倉庫にはロクな酒がなくてな…。つまみもない訳で暇してんだ。お前、俺たちの相手をしろ。なんでのこのこと俺らの所のに来たのかわかんねぇが…。断る訳ないよな?」
男はそう言うと床を金棒で叩いた。石と金属の当たる音が部屋に響き渡る。
トレシアは終始表情を動かさず話を聞いていた。そこに怯えはない。
「断るわ。それよりも他に部屋はないのかしら?私はこんなみじめな空間に居たくないのよ」
空気が凍る。金棒の男も予想外の返答に驚いたのか少し固まった。
「…断るって言うのか。お前。わざわざここに来やがって………舐めるんじゃねぇぞ!!!いつでも俺はお前を殺せ…」
その時だった。
ーードガッーー
「ガハッ!」
トレシアが男を蹴った。蹴られた男は大きく吹き飛び、後ろのテーブルに落下した。
他の男達がざわめく。しかしトレシアはそれをものともしないように蹴られた男の元へと近づく。
「私に触れないで。私はお前達が触っていいような者ではない」
トレシアはそう言うと蹴られた男の金棒を手にした。金棒を吟味するように見たが、瞬間、あるものに気づくと目を細めた。
(…このマークは……!)
トレシアは声を荒げた。
「お前達!クラック隊の奴らか!!私はトレシア=マーレードだ!!ここはどこだ?言え!」
男達のざわめきは更に大きくなる。
「トレシア=マーレードって……あのトレシア様か?」
「なぜクラック隊を知っている…?まさか…」
ざわめきの中、このグループのリーダーと思わしき人物が前へ進み出る。
彼はトレシアの前まで来ると跪き言葉を発した。
「トレシア様でございましたか!大変無礼をおかけしました!この罪はリーダーである私の命を持って償います。どうか他の者達の罪はご放免を…」
リーダーの言葉をトレシアは制止し質問を再びする。
「そんな事はどうでもいい。ここがどこだと私は聞いているのだ」
「ありがたきお赦しを感謝いたします…!ここはロストロの南方でございます。私たちはクラック様からの命を受け、ロストロを征討しに参りました。ロストロは武器庫が多く…」
「黙れ!それ以上は良い。クラックからの命を受けただと?」
「はい。左様でございます。これから起こるであろうウィンスターとの戦争に備えるためロストロを抑えろと…フォルフェ様の空間移動魔法を使い少人数の精鋭百人で奇襲致しました。現在クラック様はロストロ中心部にてウィンスター国営・民営ギルド軍と激闘を繰り広げております」
トレシアは更に顔をしかめた。
「なにをしているクラック…!お前達、今夜私をクラックの元へ案内しろ。」
「はっ!承知致しました!」
「まったく…!誰が勝手に制圧しろと…‼︎ 百人?勝てる訳がないわよ!じきに王都から更なる援軍が来るわ。いくら精鋭と言えど圧倒的な数には負けるはずよ!私は根性論、根性論のクラックとは違うからそれくらい分かるわ」
トレシアはそう吐き捨てると部屋に置いてある樽に頭を抱えて腰掛けた。
(そうだわ…連絡しないと)
トレシアは胸元にかけた透明な石を軽く指で弾いた。
石は緑色に光始めノイズのようなものが聞こえ出した。
次第にノイズは聞き取れる声として輪郭がはっきりしていく。
『…おい?トレシア、どうした?お前から連絡をよこすとは珍しいじゃないか?』
「バール様、クラックはそちらに居ますか?」
『クラック?急にどうした?』
「現在、クラックがロストロで暴動を起こしているという情報が。ただちに撤兵させます。」
『どういうことだ!?俺はそんな事を指示した覚えはないぞ!』
「申し訳ございません。バール様。私にもわかりかねます。恐らく、クラックが独断で乗り込んだものだとおもわれます。」
『ひとまずクラックを連れ戻せ!お前もロストロにいるのだろう?知っているとは思うが、お前のその胸元の朗々石の中には、会話魔法だけではなく空間転移魔法も封じてある。それでクラックと共にルードルート本部へ帰還しろ!』
「それは厳しいかと。この朗々石にこめる事のできる魔力量ではせいぜい一人しかワープできません。百人はおろかクラックさえも帰還できません!」
『…百人の部隊では敗北は確実…。下っ端は置いていけ。奴らには所詮大した情報は渡していない。トレシア、お前はクラックと共にロストロを北上し、“先進都市・スチムピア”に行け。そこに私たちはフォルフェを向かわせる』
「はい。承知いたしました。即刻、クラックの足を掴みます。」
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