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第九話 たった1人の吸血鬼

ーー繊細な話…

 俺は更に身構えた


「…フローレンスの出世についてだ」

 マルガルも落ち着かないのか椅子に座り直した。

「出世…」 

 シードがおうむ返しに呟く。

「先程も言ったがみての通りフローレンスは吸血鬼じゃ。」


「珍しいしすぐに分かりました。」

 事実、吸血鬼は珍しい。人が十万人いても1人居るかいないかだ。

「…昨日の私の話を覚えてるかね?」

 俺ははっとした。水瓶の森へのトレシアの襲撃の際、吸血鬼の一家が惨殺された話だ。まさか…

「フローレンスはその一家の生き残りだ。」

 三人に衝撃が走った。

(あんなに活発で元気な子が…。そんな過去があるようにはとてもじゃないが見えなかったな…)

 俺らが衝撃で硬まっている事をものともせずマルガルは話を続ける。

「水瓶戦争の後、私は水瓶の森を離れロストロにある孤児院で働いていてな…偶然、その孤児院に水瓶の森で親を失ったフローレンスが来たんだ。しかし…フローレンスにとって孤児院での生活は決して楽なものではなかった」


 マルガルは手の指を絡ませて握りしめた。


「…君達は吸血鬼差別を知っているか?」


「はい。かつて吸血鬼はその人には見られない黒い大きな羽や一部の人を襲い血を吸う個体から"魔物"の仲間と見られ恐れられていたと。国ぐるみで吸血鬼を追い出した時代もあったと聞きます。」


 吸血鬼差別は意外と最近まで蔓延っていた事だ。しかし差別は完全に無くなったわけではなく、現在でも老人世代には差別意識を持った人もよく見かける。吸血鬼は生きるために体内で魔力を循環させなければならないので、魔力が多く含まれる生物の血を吸う。確かに吸血行為は行うが、彼らにとっても人間にするなどもってのほかで、そんな事を行うのは一部である。


「知っているなら話が早い…。フローレンスはそのロストロの孤児院で迫害を受けたんじゃよ。親を失った孤児はその心の寂しさ、不安からか毎日のようにフローレンスへ…口に出したくもないような酷むごい仕打ちをしたんじゃ。」


 マルガルは一度少しの間口を閉じたが、再び話し始めた。


「…私もフローレンスも水瓶戦争で居場所を無くした者だ。私にはとても彼女の扱いを見逃す事はできなかった。私は孤児院を退職し里親としてフローレンスを引き取り、この葡萄色えびいろ村へ越してきたという事だ。」


 水瓶戦争がこのロストロ周辺に与えた影響は決して小さくはなさそうだ。


「この葡萄色村には差別など微塵もなかった。元々、魔物とも共存できる村じゃ。そもそも種族という概念も薄いのがこの村。彼らは全ての者を同じ生き物として見ている……話が長くなったな。本題にはいろう。」


「本題?」

 思わず俺は呟く。今の話が本題と思っていたのだ。


「本題だが…現在。ロストロで起こっている正体不明の争い。これがトレシアと関連のある組織が起こしているの睨んでいる話だ。」


 予感は的中か。やはり俺らはロストロへ向かう必要があるのか?

 シャルはまだ話の全容が見えないので静かにマルガルの話を聞く。


「この話をするなら水瓶戦争について更に詳しく話した方が良さそうじゃな。…水瓶戦争は40年前、ロストロ周辺、水瓶の森を狙いトレシア、そして"クラック・ブッタギール"が率いる一万あまりの軍団が一夜にして突如現れた事から始まった。」


「クラック・ブッタギール…?」

 初めて聞く名前だ。


「クラックについては…また後で触れよう。とにもかくにも軍団が現れた事は事実じゃ。その軍団西の水瓶の森に現れ、その一帯を不法占拠し始めたんじゃ。その二日後、軍団は南下を始めた。村すらを薙ぎ払い、侵略とも呼べる行為を行う軍団に遂に国営ギルドが腰をあげ……とはならなかった。」


 マルガルの不意打ちの様な発言に俺らは少し驚く。


「動かなかった…?」


「あぁ。どうやら政府の許可が降りなかったらしい。その後、民衆の激しい抗議によって国営ギルドは派遣され、武器の供与が行われたが…実際、武器の量は僅か、火薬も粗悪。国営ギルドに至ってはごく少数しか派遣されておらん」


(今回の魔導士失踪事件と似ている…)

 思わずシャルはそう感じディバイドの方を見る。

 ディバイドもこちらを確認し、小さく頷いた。


「まぁ…この事は世間一般にはあまり知られてないな。実際に最前線で戦った私だから分かる。」


「最前線で戦ったんですか⁉︎」

 シードが驚き声を上げる。

 するとマルガルは少し間を置き

「…まぁそうじゃな。」

 と一言言った。


「それで、主に民営ギルドと義勇団による徹底抗戦が始まったんじゃ。西の森と南の森の境目付近で始まった戦いは民営ギルド隊の劣勢が続き、ゆくゆくは南の森の中心地点…およそ『チリージャ村』の辺りまで押しやられた。」


「チリージャ村と言うと?」


「あぁ。私がかつて身を置いていた村じゃよ。フローレンスもチリージャ村出身じゃ。軍団の侵攻当時、私はそのチリージャ村に居てな、その時に私は軍団と戦ったという訳じゃな。」


「そして…最も大事な情報じゃが…」

 マルガルは大きく溜息をついた。


「今回のロストロの異変では、あの『クラック・ブッタギール』が目撃されておる。」


「…つまり、これはあの"軍団"によって起こされた戦いであると…」


 シードが横で神妙そうに頷いた。


「あぁ。そういうことじゃ…」


 これは驚いたな。あの女が組織に属して居た可能性がある。

 やはり…あの女に接近するにはその組織自体に接近する必要がある。


「あの軍団の強さ…特にトレシア・クラックの強さは尋常ではない。それは実際に戦った私が断言する。」


 マルガルはそう言うと、俺の方を静かに睨む。

「本当に…ロストロへ向かうと言うのだな?」

 俺はシード・ディバイドと目を合わせる。2人とも頷くだけだった。


「もし…君達に……覚悟があるのならできる限りの支援をしよう。ただ、これは"遊び"ではないぞ。トレシア・クラック達とはくれぐれも出会わぬよう注意しなされ。奴らは君達が簡単に勝てる相手ではない。戦おうなどと思うな」


 マルガルの強めの忠告に俺はたじろぐ。なにせ俺らはその「トレシア」である可能性が高い人を求めてロストロへ向かうのだ。それはマルガルの忠告と180°反対の行動である。


「もし悩む様なら数日この村に泊まっても構わない ただ、後悔しない選択をしなさい……話はこんなものだ」


「分かりました。フローレンスの家に泊まるのも申し訳ないですし早速今から宿を探してきます。ロストロへの出発に関しては再び今夜私達で話し合います」


「あぁ。しっかりと考えるのじゃぞ。時間を取らせてすまないな。」

 マルガルは微笑を浮かべた。


 俺らはマルガルへ礼を言い、フローレンスの家から出た。すると家の前にはあの門番のシャットが怪訝な顔で立っており、話しかけてきた。

「どうだったか?マルガルが自分の家やフローレンスの家に他人を上がらせるなんて滅多にない事だ。すまないが少し気になってな。」

 シャットは俺らに何かの疑いの目を向ける様に話す。


「優しく振る舞ってくれたぞ」

 ディバイドが答える。


「…マルガル様は孤高な村の英雄だ。あまりフローレンス意外と喋っているのを見たことがない。」


「さっきからマルガルの事英雄って言ってるけど何をした人なんだ?」

 ディバイドは純粋な疑問からかシャットに尋ねる。俺も気になっていた事だ。


「マルガル様は40年前の水瓶戦争時、この葡萄色村えびいろむらを戦禍から救った英雄です。チリージャ村にまで侵攻した軍団を葡萄色村を超え、西の水瓶の森にまで押し返したと聞きます」


「この村はマルガルに救われたんだな。そりゃ英雄扱いされるか。」

 ディバイドは納得した様子である。

「…珍しいですね。見た感じ君達は水瓶の森出身とは思えない。外部の人がは水瓶戦争の事を知らない人が多い」


 偶然にもさっき説明してもらったばかりだ。そう思った時、シードが

「先程、マルガルさんに説明してもらいました。」

 と言うと、シャットが

「…なおさら不思議だ。マルガル様は英雄扱いされる事を嫌っている。自みずからその水瓶戦争の話をするとは」


「どうして英雄扱いされることが嫌いなんだ?褒められて嫌なやつは居ないだろ」

 ディバイドがすかさずつっこむ。


「その事は私含めて誰も分かりません。ただ、昔からそうなのです。」


 マルガルが嫌なのであればそう呼ぶ必要はない。それだけだ。

「この後はどうする予定です?」

 シャットがふと聞いてきた。


「あぁ。まずは今晩泊まる宿を探す。何処か安い宿へ案内してくれないか?」


「ええ。いいですよ。あの酒場の奥に安いとこがあります。今から案内しましょう。」

 シャットはそう言うとやや早い足取りで歩き始めた。

 旅もついに3日目に入りそうだ。

 今の所順調に行っている事に安堵すると共に、今後の旅への決意を固めた。

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