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Story.7  グリフォン

 夜。ガイアは自室のベッドに腰かけ、じっとグリフォンのコインを見つめていた。

 パクスミール国で発行しているコインは、全て角が生えたペガサスの国章が刻まれている。だが、このコインに刻まれているのは、角が生えたグリフォン。この国には本来、流通していないはずのものだ。


≪……ガイア≫

「何」


 思った以上に不機嫌な声で返事をしてしまい、自分で顔を顰める。だが、ホノオは気分を害した様子もなく続けた。


≪グリフォンのコイン、というと……黙っているわけにもいかないのではないか≫

「……」


 幸か不幸か、今日はこの後、何故かケイが神殿の者を集めることになっている。どういう用件なのかは分からない。今月の儀式は先日終わったばかりだし、祭典を開くような予定もない。だが、グリフォンのコインがあるというだけで一大事だ。皆が集まっている時に言うべきか、混乱を避けて、まずはケイに相談をするべきか……。


≪ガイア≫


 返事が無いからだろう。再度呼びかけて来るホノオに苛立ち、わかってるわよ、と口を開きかけたが、扉のノック音で遮られた。

 ベッドから立ち上がり開けてみると、ひょこりと顔を覗かせたのは、茶髪をツインテールにした可愛らしい少女だ。つい先日〝聖獣〟をもったばかりだが、見かけによらずなかなかの魔力をもっており、素質も良い。十一歳で守護神を従え、これまでの中でも最速の範疇に入る子供で、ちょっとした話題にもなっていた。また、神殿で育てられてきたという点で同じ境遇のガイアとは、姉妹のような関係である。


「ガイア姉、お婆ちゃんがおいでって言ってるよ」


 もうそんな時間か、とガイアは目を丸くした。思ったよりも長い時間、考え込んでいたらしい。


「分かったわ。何処に集合だっけ?」

「礼拝堂」

「了解。ありがと、ステレちゃん」


 部屋の外の空気が入って来て、少しだけ考え込むことによる息苦しさが解れた。気分転換には丁度いいかもしれない。手に握っていたコインを、腰の巾着袋の中にしまった。


≪ステレちゃん、はやくいこぉよー≫


 視線を下げてみると、少女――ステレのスカートの裾に取りついてニャーニャー鳴いているのは、桃色の猫の姿をした〝聖獣〟だ。通常の猫よりも細身で、体が全体的に小さい。


「そうだね、チュチュ! ガイア姉も行こっ」


 主の言葉に嬉しそうに、猫は持前の身軽さでステレの肩に飛び乗り、その頬に頭を摺り寄せた。驚くほどの仲の良さではあるが、


(ちゃんと、一線は引くべきだと思うけど)


 ガイアは内心で肩を竦める。だが、幼い頃の自分の、ホノオとの接し方を思うと、これくらいが丁度いいのかもしれないと思い直し、ホノオを率いて部屋を出た。主と〝聖獣〟の距離感は、これから測って行けば良い。まだ従えたばかりなのだから。

 ふと気づいてみると、ホノオがこちらに視線を向けていた。ガイアは、先に歩き出したりせず、律儀にも指示を待っている己の守護神に手で合図を送り、広く長い廊下を歩き始めた。後ろにホノオも続く。


 ステレとチュチュの初々しい戯れ合いを微笑ましく眺めつつ、彼女らは神殿内で天窓がついている、広場のような空間に出てきた。窓ガラスを通して、美しい星空が見える。


「うわぁ……」


 とろんと少女と猫が、揃って夢見心地な瞳になる。

 耳に入ってくるのは、中央にある噴水の、涼やかで気持ちのいい水音だ。それもただの水の音というわけではなく、音色や歌のように錯覚するものであり、非常に神秘的である。神殿内では、噴水の水音を「水の演奏」と呼び、楽しんでいる。いつも聞いているから慣れるものでもなく、日々において奏でられる曲調が違うようにも思われ、この噴水を心から好いている者は少なくない。


 水の演奏に後ろ髪を引かれながらも直進して抜け、神殿の横に渡り廊下で繋がって併設された、礼拝堂に足を踏み入れる。既に、神殿の人々が集まっていた。何人かは子供であるとか、魔力を上手く扱えない者だとかで〝聖獣〟を従えていないが、多くは〝聖獣〟を従えられるだけの魔力を持つ者達である。よって、多種多様な守護神たちも多くおり、堂内をぐるりと一望するに壮観であった。


「ようやく集まりましたか」


 台座の奥の壇上に立っているのは、ケイだった。彼女の目が明らかにガイアに向いていたので、引き攣った笑いで誤魔化す。考え込んでいたとはいえ、集合時間もろくに確認していなかったのはガイアの落ち度だ。ほどほどに反省はしている。


「婆様、本日は一体どういうご用件で」


 代表するようにして問うたのは、高齢だというのに元気で、頑固者で有名な老爺だった。声がもう不機嫌そうである。


≪マターリじいじ、怒っちゃやだ≫


 隣でぽんやりと虚空を眺めつつ、ゆったりと宥めるのは、白桃色のパンダだ。そういえば、随分と不釣合いな主と〝聖獣〟だとも噂されていた。

 ケイは、小さな袋を懐から出すと、目の前の台座の上で逆さまにして見せた。カラン、カラン、と安っぽい音を立てながら袋の中から落ちて来るのは、黄金色のコインである。落ちた衝撃でなかなか音が鳴りやまないコインを一枚つまみ、掲げた。


「用件とはこれです」


 皆が首を傾げる中で、ガイアは一人、心がざわめいた。

 遠目では、ただの少し多めにあるコインだ。が、続けられる言葉に、皆、表情を堅くすることになった。


「このコイン一枚一枚に、一角を持つグリフォンの絵柄が彫られています」


 ガイアは、無意識に己の腰にさがる巾着袋の上から、コインを握り込んだ。


「ガイア姉、グリフォンって確か……」


 ステレはガイアを見上げた。

 グリフォンとは、ペガサスと同じ空想動物として有名な生き物だ。鷲とライオンを掛け合わせたような姿であり、伝説上にのみ、その姿を晒している。だが、ステレが確認をしたいと思っているのは、そんな根本的な部分ではないだろう。


「パクスミール国ではグリフォンのコインなんか作ってない。……グリフォンって言うと、たしか」



「ガニアント国からの干渉を受けていたというのか!」



 老爺・マターリが声をあげたので、ガイアは口を閉ざす。

 皆の視線が集中し、ケイは一度目を伏せてから話し始めた。


「直接的な干渉があったわけではありません。ですが、突然、このラコスデント神殿にはこれだけの数のコインが届けられています。置いて行った者は、確かにパクスミール国の者であり、中身は知らないで運んでいたとのこと。どういう経緯でパクスミール国内にこのコインが入り込んだのかは分かっていません」


 彼女の言葉に滲むのは、緊張。幼いながらもそれを感じ取ったステレが、身を硬くした。


拙作をお読み頂きありがとうございます。

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