Story.6 金貨
≪あの小僧か≫
「多分ね」
相槌を打ちつつ歩み寄っていくと、少年もガイアとホノオに気付いたらしく、顔を上げた。およそ十歳に満たない程度の少年だろうか。ばさばさとした髪を耳にかけることもせず、翡翠の瞳をぱちくりと瞬かせ、目の前にいる巫女と〝聖獣〟を交互に見つめた。
「お姉ちゃんたち、誰?」
小さな頭が、こてりと傾く。
「私はガイア・モナーコス。こっちは〝聖獣〟のホノオ。君かな? 最近、足を怪我しちゃったのは」
「もしかして、お父さんが言ってた神殿の人って、お姉ちゃんたち?」
はっと、少年の表情が明るくなる。やはり、親から話は聞いていたようだ。警戒が解けたことに安堵する。
「ええ。今日は君の足を治しに来たの。えーっと……エパナスタくん、で合ってるかな?」
「うん、僕、オヴィアス・エパナスタ! オヴィアスでいいよ。宜しくね、お姉ちゃん!」
名乗った少年は、本を脇に抱えると、器用に松葉杖を使って立ち上がり、ガイアとホノオを家へ招き入れ、リビングに通した。
まずは両親に挨拶をと思ったガイアだったが、何と二人とも仕事で家にはいないと言う。いつも仕事ばかりなので、一人で留守番をすることに関しては当たり前のことらしい。
ガイアは少年を椅子に座らせ、包帯を解いてギプスを外してやる。足首が腫れあがっており、動かすとオヴィアスは痛みを訴えた。ただ、幸い完全に折れているのではなく、ひびが入る程度に留まっているようだ。これならば、と患部に手を当て、回復呪文の詠唱を始める。温かな風が部屋に生み出され、少年を包み込む。巫女の手に仄かな白い光が灯り、足に溶け込んでいく。
驚いた様子を見せる子供だが、見知らぬ魔法に対する恐怖心よりも、好奇心のほうが勝り、食い入るように自分に起きている現象を見つめていた。
そして、一時間ほどが経過すると、
「凄い! 自分で立てるよ!」
ジャンプして見せながら感激している少年に、思わず苦笑する。折角治したのに、再び怪我をしてもおかしくないはしゃぎようなので、たまらずガイアがオヴィアスの小さな手を掴んだ。
「はいはい、落ち着いて? 治療はしたけど、念のため安静にしてないとだめよ。私の魔法だって完璧じゃないんだから」
「ええ? 全然痛くないのに! 大丈夫だよ!」
勿論、子供らしくはしゃぐくらいで、再び骨折するような治し方をしたつもりはないが、正式な医者ではないのだ。今まで治してきた人たちにも、必ず信頼できる医者に一度診てもらうよう約束させている。
ただ、少年の怪我の状態は良好。ガイアは、腰から下げている巾着袋に軽く触れた。中に入っている薬草は、今回は出番なしで済みそうだ。
「ねーねー、お姉ちゃん、お医者さんじゃないのに何でこんなにすぐ治せちゃうの? お父さんとお母さんがお医者さんとか!? あ、お医者さんの卵!?」
治ったのがよほど嬉しいらしく、すっかり興奮している少年を、どうどうと宥める。
「私のお父さんもお母さんも、お医者さんではないのよ。もういないしね?」
「えっ。ごめんなさい……」
まさか、両親がいないという答えが返って来るとは思わなかったのだろう。少年は突然大人しくなり、しゅんと悲しそうに眉を下げた。喜びようから分かっていたが、どこまでも素直な子である。わざわざ親がいないことを言わなくても良かったなぁ、と寧ろガイアの方が申し訳なく思いつつ、気にしないでと頭を撫でた。
(それにしても)
ガイアは考え込む。治療中にオヴィアスから聞いたところによると、骨折した原因に心当たりはないが、足が痛いと気付いたのは読書をしていたときだった。読書を始めたときは何ともなかったが、いざ読書を終えて立ち上がろうとしたとき、気が付いた。確かにこの話が事実だとすると、原因不明もいいところである。人間の骨は勝手に折れたり、ヒビが入ったりすることはない。
「ねえ、オヴィアスくん。どんな些細なことでもいいの。足が痛くなっちゃったとき、何かいつもと違う事はなかった?」
問い掛けに、少年は困り顔で唸る。先ほどの話ですら、「気がする」「多分」という言葉が常についてくるほどに、かなり曖昧なものだったのだ。困って当然だが、それでも何かを捻り出そうとしてくれているらしく、困りながら取り敢えずホノオに抱き付くオヴィアス。子供に玩具にされるのは神殿でも慣れているため、ライオンは大人しくしていた。
≪ガイア。小僧を困らせるな≫
ケイから村が一つ滅びた事を聞いたばかりである手前、何でも良いから情報はないかと、無意識にも気が急いてしまう。しかし、ホノオの言う通り、覚えのない事を無理矢理聞き出そうとしても仕方ない。
今回は諦めようと思った矢先、唐突に「あ!」と子供が声を上げた。ガイアは肩を跳ねさせ、抱き付かれていたホノオに至っては、全身の毛を逆立てて驚いた。しかし、二人の反応に目もくれず、オヴィアスは別の部屋へと走って行ってしまう。時間はかからず、すぐにまたリビングへと戻ってきた彼は、ガイアに駆け寄った。
「これ! 本読む前に、椅子の下にこれが落ちてたの見つけて、拾ったんだった!」
はい、とガイアの手に押し付けてくれたものは、小さな金色のコイン。本当に、何の変哲もない、ただの金貨にしか見えないが……、
「絵柄が違ってるから、レアなコインかなって思ってさ。友達に自慢してやろーって思ってたんだよね」
絵柄?
訝し気にしながら、ガイアはコインを裏返す。――そこには、一角を持つグリフォンの絵が、刻まれていた。
「どう、どう? 役に立った?」
無邪気に問いかけて来るオヴィアスに、ガイアは、笑って頷けていたか、自信が無い。
拙作をお読み頂きありがとうございます。
もしよろしければ評価等お願いいたします!