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Story.4  説教

 神殿に戻ったガイアは、いつものように神殿に暮らす者達と夕食を取った。他愛もない話をしながら湯浴みを済ませ、聖水による清めも済ませ、あとは部屋に戻って眠るだけ――では、なく。いつもの流れと、今日は違っていた。全てを済ませたら祭壇に来なさいと、ケイから呼び出しを受けたのである。お説教だと察するのは容易であった。


 お説教だと分かっていて祭壇に向かうのは気が重い。一旦自室に戻るや否や、盛大にベッドに倒れ込んだガイアは、外見には似つかわしくない低い声で唸った。ふかふかの毛布に顔面を沈めたままなので、声はくぐもっている。


≪大丈夫か≫


 ごろりと寝返りを打ち、美しい杖を手にした老爺が描かれた天蓋を見つめる。


「何とか……ただでさえ儀式は肩が凝るっていうのにさぁ……」


 これからお説教となると、気も滅入る。


≪……だが、今日神殿に来た者達の〝聖獣〟の召喚は、きちんと終わらせて≫

「ない。私が戻ってくるの遅くて、早くに来てた人の中には、諦めて帰っちゃった人もいるって」

≪…………≫


 硝子扉越しに外を見やってホノオは黙り込んだ。全員の〝聖獣〟は生み出したのだからお説教もそこまできつくはないだろう――と試みたフォローは失敗である。


 儀式において、相手の魔力を引き出し、守護神を形作る、というのは口で言うほど簡単な作業ではない。要するにもう一つ命を作り出すようなものなのだから、かなりの集中力を要する。相手の魔力の癖によっては少々骨が折れる作業ですらある。最初に、〝聖獣〟を持つという規則を作った者のおかげで、自分達は儀式においての大切な役割を全うできるわけであるが、それ相応の体力は持っていかれて当然だ。正直なところ、ガイアはもうこのままベッドの上で微睡み、眠ってしまいたかった。


≪眠らないでくれ、ガイア≫


 頼まれて苦笑しつつも溜息が出る。一度寝てしまうとなかなか起きられない人間である自覚は、幸いにもあった。睡眠を欲する体に鞭を打ち、しんどそうに起き上がると、ガイアはホノオと共に部屋を出た。




 ――そして、やはり待っていたのは、きつめのお説教である。


「ガイア。繰り返しになりますが、貴女は、巫女を何だと思っているのですか?」

「……」


 ひくり、と顔が引き攣る。夜の神殿の祭壇でガイアは正座をしており、正面には怒り心頭に発しているケイの姿があった。皺だらけの顔は厳しく顰められている。


「巫女とは、〝聖獣〟の召喚を行う事ができる者。〝聖獣〟は人々の魔力であり、心に飼っているもう一人の自分。よって貴女は、皆の心の拠り所とならなくてはなりません」


 参拝時間も過ぎており、ここにいるのはガイアとケイの二人だけ。先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。祭壇の奥に設置された、水瓶を持つ少女の像から流れる水音が、神殿の壁を反響してころころと響く。いつもなら心地のいい音のはずだが、今は巫女と老婆の間に流れる沈黙を際立たせた。


「〝聖獣〟を授かるために、多くの人々が集まる日だというのに、午後の儀式が始まる時間帯に遅れるとは何事ですか」

「それはぁ、そのぅ、ケイ婆様……ほら、えっとぉ……戻ってきたときに……ホノオもちらっと言ってくれてたと言うかぁ……」


 ちなみに、ホノオはすぐにガイアのフォローに回ってしまうため、ケイに言われるままに、席を外している。今頃は、神殿に暮らす寝付けない子供達に、無茶苦茶に遊ばれていることだろう。あのふわふわの白い毛と大きな温かい身体は、早寝ができない悪い子達にも大人気なのである。


「知っています。ここのところ、毎日早朝からパクスミール国中の村や町を回っているでしょう。無償で怪我や病気の治癒をしていることも、参拝者から伺っています。感謝の言葉も、多く神殿に届けられています」


 が、と言葉を続けたケイに、「ひぇ」と小さな声が思わず漏れた。


「それで儀式に遅れて本来の責務を疎かにしているのでは、本末転倒でしょう!!」


 怒鳴りながら、手の杖で床を叩いた。ケイの険しい表情は変わらない。叱られている内容も御尤もで、彼女はしょんもりと体を縮こませるしかない。


「大体何ですか、魔力が枯渇するまで走り回ったこともあるのは聞いていますよ! この半年ほど前に、貴女、ホノオに運ばれて帰って来て、部屋に直行して寝込んでいたこともあったでしょう!? 遊び疲れてだの言い訳めいたことを言っていましたがホノオはすぐに吐きましたからね!!」

「嘘でしょ何で知らないところでバラしてるの!」


 今日だけのことを怒られるつもりでいたのに、半年も前のことを怒られるなんて想定外だ。しかも魔力を使いすぎるという、神殿の巫女あるまじき所行をホノオが既に説明していたのも衝撃である。確かに、怪しんだケイに訊かれてしまえば、ホノオは生みの親である彼女には全て話すほかないのだろうが、とんだ裏切りだ。

 老婆は腕組みをして、ゆっくりと溜息を吐いた。


「……ガイアが気にするのも分かります。私だって気にしていないわけではありませんよ。原因不明の怪我や病気の相談は依然として多いまま。……加えて先日、嫌な話を耳にしました」


 聞いた話によれば、パクスミール国の隅にある田舎村では、原因不明の体調不良を訴える老人が増えていた。日に日にその訴えをする者は、老人だけに留まらず若者、ひいては幼子にまで及び、まるで感染症のような広まりを見せ――その田舎村に暮らす全ての人間が死亡したのだと言う。


 ケイも耳を疑った。参拝者の数が多いだけ、信憑性のない話が舞い込むこともよくある話だ。だが、複数人から話は聞いており、全員が声をそろえて同じことを言った。矛盾点もとくにない。生まれがその田舎村であった者からも、里帰りの際に事実確認が出来ている。

 死亡者が出たというのは、今までなかった。加えて一人、二人の騒ぎではなく、村ひとつが全滅するような急速な広まり方は、原因不明の言葉で片付けるには、腑に落ちない部分があまりに大きい。


「件の田舎村には、神殿の者を複数名、調査に向かわせることにしました」


 屈んで、正座しているガイアの肩に手を置く。

「貴女が首を突っ込もうとしていることは、それだけの危険性があるものだった、ということです。巫女たる者、貴女は皆の、希望の光……いわば象徴のようなものなのです」

「ええ~~~重い……」

「ふざけている場合じゃありませんよ、ガイア」


 ケイは彼女の頬を手で挟み、顔を固定する。老いを感じない、硝子玉のような澄んだ瞳が、巫女の碧眼をとらえて離さない。


「危険だということはよく分かったでしょう。外に行くなとは言いません。でも、自分からよく分からないことに関わっていくのはやめなさい」


 重みのある声でぴしゃりと言われ、ガイアは唇を引き結ぶ。

 ずっとケイに育てられてきたので、分かる。この怒り方は、己を心配してくれているときのものだ。心配をかけてごめんなさい、と謝ると、皺だらけの細い手が、頭の上に乗った。


 温かい掌は、昔からずっと変わらなかった。

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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