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Story.3  幼馴染

 神殿からガイアとホノオが姿を現したのは、既にかなり日が傾いてきた頃の時間帯であり、一番星が輝きだしていた。彼女が予告した通り、夜になる前には間に合った具合である。ライオンの背中で、力なく腕と脚を垂らし、うつ伏せで乗っている巫女は、儀式用の光の外套も脱がずにそのままだ。神殿の外の石段で待っていたクォーツとベルに、力のない笑顔を向ける。


「お待たせー……」

「お疲れ。かなりかかったな」

≪毎月のことだ≫


 ガイアがすりすりとホノオの背中の毛に顔をこすりつける。

 彼はただ主にされるがままであり、ガイアを甘やかしているのだろう。好きにさせてやりながら、ゆるりと首を動かし、ベルを見る。


≪さっきはすまなかった。我はホノオだ。宜しく頼む、ベル≫


 先ほど、粗雑に神殿から追い出したことを詫びていることはすぐに分かった。だが、分かり易くベルは顔を背けた。まだ目の前のライオンから感じられる強大な魔力を、直視できないのだ。その点、かなりプライドの高い〝聖獣〟が生まれてしまったようである。


「で、そのベルくんとは話、少しは出来た? クォーツ」

「それなりに。だけどコイツが」

≪あ?≫

「……この方が素晴らしい俺の〝聖獣〟だってことが分かりました……」


 凄まじい鷲からの圧に屈している主人に、ガイアは呆れた声を発した。


「……どっちが主人なのか分かったもんじゃないわね。あんたらしいと言えばあんたらしいけど」

「全然嬉しくねえんだけどどうしよう」


 遠い目をしているクォーツの横で、ベルはそっぽを向いている。

 やはり、元々の魔力が貧弱であったことが原因なのだろうか。努力で賄ったとはいえ、〝聖獣〟を従順にさせるだけの本質的な魔力が不足していたせいで、こんな形になったのかもしれないが……前例がないため、憶測の域を出ない。


 ガイア自身は、物心ついたときから魔力は非常に強く、カピジャに入っていた頃、コントロールするセンスが生徒の中で跳び抜けて良かった。何せ、〝聖獣〟を従える目安とされる十六、七歳に対して、カピジャに入学するより前、年齢が一桁にして既にホノオを連れていた、百年に一度とない天才である。

 しかし、天才肌でなくても、人並みの魔力があれば、ホノオと同じように、己の主人にそれなりの敬意を表する〝聖獣〟が普通だ。クォーツの成長した魔力に儀式で触れたが、別に何も変なところはなかったし――


「……やっぱりあんただからこうなったのかしらね」

「泣いて良い?」


 彼はいじけた表情をして見せてから、一転して微笑んだ。


「でもま、今月も大盛況だったな」

「そろそろ神殿をもうひとつくらい増設していいと思うわ」


 パクスミール国に、〝聖獣〟を授かることができる神殿は、このラコスデント神殿を含め三つだけだ。パクスミール国の全国民が、たった三つの神殿に挙ってやってくるのだから、大混雑は必至である。ラコスデント神殿は国の政治も担う、特に規模の大きい神殿なので、尚更だった。神殿の巫女にも体力と魔力の限界があるので、一応の人数制限があることだけが救いだ。


 ホノオが姿勢を低くしたため、ガイアはほとんどずり落ちるようにしながら背中から降りる。そして、ようやくクォーツの隣に腰を落ち着けた。抱えた膝に片頬をつけ、下から覗くようにして幼馴染の顔を見つめる。


「それにしても、本当にあんたが〝聖獣〟を従えることになるなんてね」


 クォーツは口の端を持ち上げる。


「少しは見直したか?」

「んーん? やっと人並みになったなぁって感慨深い」


 クォーツの魔力が弱かったのは、父親が稀少な魔力皆無の人間だからだ。先祖が根っからの科学技術者であったからなのか、それともたまたまなのか、理由は定かではないが完全なる遺伝である。幸いなのは、母親の方には人並みの魔力があったため、息子も弱いながらに魔力を備えて生まれてきたこと。魔力の増幅には並々ならぬ努力が必要になるが、魔学の知識の蓄えやコツの掴みようによっては不可能ではない。

 尤も、彼も今年で二十五歳だ。本来の〝聖獣〟を従える時期としては遅れ気味なのは確かである。その分、周りが〝聖獣〟を連れるようになっていくのを見ながらの努力は、辛いものもあっただろう。


「頑張ったねぇ、クォーツ」

「…………」


 クォーツの頬が仄かに染まる。ガイアとは幼馴染で、憎まれ口を叩き合うような仲だ。彼女も疲れていることが、妙な素直さの後押しになっているのだろうが、こうも真っ直ぐねぎらいの言葉を向けられると、どぎまぎしてしまう。

 口を開けてパクパクと音もなく開閉させ、目を彷徨わせる。彼女はおかしそうに肩を竦めて笑っているので、こちらがひどく照れて、動揺しているのを面白がっているのだろう。そのくせ、ねぎらいの言葉は、揶揄いではなく本音から出た言葉だと、長い付き合いだからこそ分かるのが悔しい。


「あ、あー……それで、ここんとこ、お前はどうしてんの?」


 無理矢理すぎる話題転換かと思ったが、そうねぇ、とガイアは存外すぐに相槌を打った。

 背筋を伸ばして空を見つめた。夕焼けを飲み込んでいく夜の色は、美しいグラデーションであるにも関わらず、何だか少し不安になる。


「私は色んな町とか村とか、回ってるかな。最近、怪我人とか、病人が多くって」


 神殿には、儀式の日以外でも多くの人が参拝などに訪れる。その中で、複数人が原因不明の怪我や病気で苦しんでおり、藁にも縋る思いで神殿に来ていたことがあった。日に日にそうした相談が増えて行き、疑問を持ったガイアはホノオと共に、パクスミール国内に点在する町や村を回るようにしている。また、ガイアは回復魔法も多く操ることができるため、人々の助けになれればと考えたのだ。


「巫女様はどこでも忙しいもんだなぁ」

「因みに、クォーツの周りではない? 身に覚えのない怪我をする知り合いとか」


 彼は顎に手を添え、思考を巡らせる。


「石を足の上に落として怪我をする、とかはあるけどなぁ」

「それは身に覚えがありすぎるわね。まあ、ないならいいんだけど」


 原因不明というだけあり、総じて皆、身に覚えはないらしい。気が付いたら切り傷があった、気が付いたら捻挫していた。そんな具合だ。程度の大小はあれど、死者は今のところいない。原因を究明したいところなのだが、「身に覚えがない」のでは情報収集などできようはずもなかった。


「あんたこそ、最近どうしてるのよ」

「どうしてるも何も、代わり映えしねえって感じかな」

「相変わらず、おば様とおじ様のお手伝い?」

「おう。石業(いしぎょう)は廃れないからいいよな」


 石業とは、魔力が込められた石・魔法石の製造販売業のことである。主に魔力の補填に扱われるもので、魔法文明が中心となったこの世界ではなくてはならないものだ。


 クォーツの家は鉱山を一つ持っており、そこで採石から石磨き、整形、細工等、全ての工程を担っている。品質は確かなので、彼の家で生産されたものは高値で取引されることが多い。魔法石の管理方法にも高評価を得ており、ときには別の生産者と小売業者を繋ぐ問屋の役割を果たすこともあった。

 そのため、クォーツの両親と労働者たちは多忙を極めていることが多く、幼少期から仕事を手伝っている姿は珍しくなかった。


「家のこと手伝いながら、片手間に魔法の勉強してたぜ」

「熱心ねぇ……おば様が教えてくれたりはしなかったの?」

「しねえよ。あんなケチなババア」

「口が悪い」


 ぱしん、と頭を叩かれたクォーツが大袈裟に痛がってを見せる。外面は比較的良く、礼儀正しくもできる彼だが、昔から家族の話になると途端に口が悪くなる。頻繁に家のことを手伝うし、愛情ゆえの口の悪さであるのはガイアには分かっていた。ただ、同い年であり姉弟のような間柄でもあるせいか、指摘せずにはいられない。


「〝聖獣〟を従えられるようになったこと、喜んでくれたの?」

「まあな。親父には散々『羨ましい』って言われたわ」


 クォーツの母親は〝聖獣〟を従えているが、一方で魔力を持たない父親は、〝聖獣〟を所持しない少数派だ。

 ふと、クォーツは己の半身である黒い鷲に目を向けた。彼は彼で、主人から少し離れたところで白いライオンと会話をしているようだが、どんな内容なのかまでは聞こえない。


「……そっかぁ、今日からは、あいつに乗って帰ればいいのかぁ」


 近くの町までは魔電車を使い、大草原は徒歩で神殿に出向いたクォーツ。帰り方も同じようにと考えていた手前、目から鱗の様子で頷く。〝聖獣〟が移動手段に挙げられるのは最早常識なのだが、〝聖獣〟を従えたばかりの彼は初々しい。


「帰りは、さっきみたいに落ちないでよ。ずっこけクォーツ」

「落とされたんだよっ!」


 顔を真っ赤にしたクォーツがガイアに向けて、弁解するように叫んだ。

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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