Story.37 殺せない
「派手だねー」
呟いたオヴィアスが、欠伸を噛み殺しながら階段から立ち上がり、
「そーれっ」
大鎌を――軽く、一振り。
バシュン! と。ガイアの放った強大な一撃は、その少年のたった一振りで、消え失せた。輝きを放って立っていた大樹も、幻のように空気の中へと掻き消える。
「……嘘……」
ガイアが、呆然と呟く。ホノオも、一瞬驚いた顔をしたが……気付いた様子で、表情を歪めた。確かに、渾身の一撃だった。相手を傷つけることを目的とした、強大な魔力だった。だが。
動揺している間に、先ほどと同じだけの数の氷人形が立ち上がった。どの氷人形も、魔法の使い手である少年と同じような不気味な笑みを顔に貼り付けている。だが、まるで自分を嘲笑っているように思え、夢中で戦っていたガイアに、突然恐怖心が強く湧いた。
「ほんと優しいよね、お姉ちゃんってさ」
呆れた声が耳に届いた。階段に座り直した少年は、足を組んで頬杖をついている。
「こんな状況でも、僕を殺す気はないわけだ?」
「何言って……だって私は、今……!」
「氷の兵隊さんたちにやってるみたいにすれば、僕だって一振りで無効化なんてできないよ。お姉ちゃん強いはずだもん」
でも、と付け足される。
「お姉ちゃんって、どうせ人を殺した事はあるくせに、僕の事は殺せないんだね? 変なの」
どくりと、ガイアの心臓が脈を打つ。
「殺気がない攻撃なんて怖くも何ともないよ。さっきの、熱ーい火の魔法もさ? 最初ばっかり勢いがよくて、僕に近づくにつれて、迷っててふらふらしてて、ぜーんぜん怖くない」
息が詰まる。呼吸の仕方が分からなくなる。
「ぎりぎり人を殺せない魔力に調整してるのって、殺せる魔力の威力を知らないと、できないよ?」
――嬉しそうに笑う顔。大事だと頭を撫でてくれた手。
――燃え上がる炎。悲しく、なのに愛おしく細められた、己を見つめる目。
――赤い炎に巻かれながら、本来の色を失っていく肌。
――人の焼け焦げていく、匂い。
「――――っ違う!!!」
怒鳴った。主人の心の叫びに答えるように、ホノオが咆哮し、前足で地面を叩く。地面に裂け目が生み出され、そこから紅炎が舞い上がり、集まった火の玉が旋回、火柱を生み出した。地獄のような熱に燃やされ、氷人形たちが次々に倒れていく。
ガイアが、その間をすり抜け、飛び込んでいく。
キャンナが妨害せんと動き出したが、すかさず横合いから襲い掛かったホノオに噛みつかれた。振り払い、牙を剥く。
槍を振りかぶったガイアが真直ぐに、オヴィアスに肉薄する。そして、完全に槍の間合いとなったタイミングで、少年の眉間に目がけて容赦なく、高速の刺突を繰り出す。この距離ならば防御魔法を唱えても間に合わない。防ぐことは、不可能だ。
……しかし、
「…………え……」
間合いを見誤ったわけではない。確かに槍が届く範囲だった。なのに、槍の切っ先は、オヴィアスの眉間にあと僅かというところで、ぴたりと静止していた。
……否、静止はしていない……かたかたと、小刻みに、震えている。
「……ほら。やっぱりそうじゃん」
逃げる素振りもせず、槍を迎えた少年は、パクスミール国の巫女に半眼を返した。
「殺した時の後悔を知っているから君は、殺せないんだ」
オヴィアスが大鎌を振り上げる。
≪ガイア!!!≫
キャンナに首元を噛まれるのも構わず、全身をねじって弾き飛ばすと、ガイアの元に向かう。
大鎌が振り下ろされた。ホノオの叫びで我に返ったガイアが、慌てて後ろへ下がったが躱し切れず、逆袈裟に身体を切り裂かれて血飛沫が舞う。後方に飛び込んだホノオの鬣をすかさず無意識に掴めば、己の〝聖獣〟は少年と虎から距離をとって着地した。
≪大丈夫か、ガイア≫
「……」
座り込んでしまったガイアは、溢れ出る血をさっさと回復魔法で止めればいいのに、頭が働かない。掌を見下ろすと、ガタガタと酷く震えている。傷の痛みは関係なかった。
戦争を止めるためならばと、武器を手にとったはずだった。必要な戦いはしなければならないと、腹をくくったはずだった。だが、無理矢理封じ込めていた感情が、唐突に顔を出す。
(オヴィアスを倒さないと……戦争が……国が……)
ラコスデント神殿の皆、ステレやケイの姿が頭に浮かぶ。不愛想にしながらも、何だかんだ共についてきてくれるラドン。調査に行ってくると明るい笑顔で笑っていたクォーツ。しかし、全員が頭の中で、炎に包まれて行く様が見えた。巫女の瞳が、空虚に染まる。
そうしている間にも、周りに新たに生まれた無数の氷の兵士たちが、近づいてくる。
≪ガイア、全ては後だ! 今は生き延びることだけ考えろ!≫
ホノオの声にも、ぴくりとも動かない。掌を見下ろすだけで、反応がない。
ライオンは、また高く咆哮すると、前足で地面を叩いた。だが、先ほどとは比べものにならないような、ささやかな紅炎しか生み出されず、火柱を形成できるほどのものが発生しない。己の分身であるガイアが、戦意喪失しているからだ。
ガイアに剣を振り下ろそうとした氷人形を、ホノオは体当たりで退け、鋭い爪で引っ掻き、噛みついて砕いていった。だが、数の多さに勝てる筈も無く、夥しい量の氷人形にのしかかられ、あまつさえ刃を突き立てられ、動けなくなる。
「……残念。そんな腑抜けなら、もういいや」
面白くなさそうに静観しているオヴィアスが、ひらりと片手を振った。
「さよなら、お姉ちゃん」
ガイアを取り囲んだ氷の兵士たちが、一斉に刃を振り下ろさんとした、そのとき。
凄まじい爆発音が、響いた。
「!?」
高い壁からがらがらと石屑が降って来て、運の悪い位置にいたがために直撃を受けた氷人形たちは砕け散っていく。
思いがけないことにオヴィアスはぎょっとし、キャンナも慌てて主の傍に身を寄せた。ホノオが双眸を瞬かせる。ガイアは、動かない。
何かが、近づいてくる。すさまじい勢いで。洞窟の通路の方から、黒煙が溢れだしている。何やら、随分と大きな、揉めている声が聞こえてくる。噎せ返る声も。
空虚な光だけになっていた巫女の目が、ゆっくりと見開かれる。これは。この声は――、
「ぶえ、っげほ、げほげほげほ! ほんっと、いやほんと! もっと煙より早く飛べねえの!? ほぼ煙の中だったんだけど!?」
≪馬鹿か! テメェ自分の魔力量を思い出せ! 俺様はクズ魔力から生み出されてんだよ悲しいことにな!! これが最大速度だわバーカ!!≫
ばさばさと、大きな翼がはためく音。ひらひらと舞い落ちてきた、黒い羽がガイアの視界に映った。周囲から、盛大な氷の砕け散る音が響き渡る。氷の破片が宙を舞う。顔を、上げる。
続けて見えたのは、空から下ろされてくる太陽光が、眩しく照らし出す短い金髪。頬に刻まれた刺青。お人好しな翡翠の瞳と、目が合う。
「助けに来たぜ、ガイア!」
肩に、石で出来た剣を担いだ彼。
幼馴染のクォーツ・ゾイロは、己の〝聖獣〟ベルと共にそこに降り立ち、白い歯を覗かせながら明るく笑って、そう言った。
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