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Prologue

 無機質な電子音が聞こえる。見上げる先で、細かく変化していく膨大な桁の数字――ぎゅっと唇を引き結び、それだけでは我慢できずにぐっと噛んだ。


 何で。

 どうして、そうなった。


 頭の中を駆け巡ったのは強い疑問と憤りで、拳を握りしめた。やるだけ無駄なんじゃないか――そう悩んだのはほんの一瞬である。悩んだと思ったことすらただの思い込みで、本当は悩んですらいなかったのかもしれない。すぐに言った。

 多くの者から止める声が飛んだが、中に呆れた声が混ざる。どうせ行くんでしょう、と。

 だから頷いた。自分は、この選択を決して後悔したりしない。そのためにここにいるのだから。



   ***



 今から千年前。地球という星は、科学によって文明が築かれていた。

 人類は、科学の力の使い方を間違え、破滅の未来を選びかけた。


 破滅の危機を救ったのは、〝魔法〟だった。




   ***


 赤煉瓦の建築物・カピジャ。ここは、国が運営する教育機関である。

 カピジャの門には、細かな宝石が散りばめられた派手な国章が目立つ。グリフォンとペガサスが向かい合い、それぞれの頭に生やされた、本来はない長い黄金の角が交わる形で描かれたものだ。


 古ぼけた黒板の前を、分厚い教科書を持った教師が幾度も往復する。大仰な漆黒のマントを纏っており、それには金糸の刺繍が施されていた。


「つまり、今からおよそ千年前までは、我々人間は科学に頼り切った生活をしていた。戦争で使うのも、科学技術の下で作られた兵器ばかり。そして、全世界がぶつかり合う激しい、非常に激しい戦争が勃発したときに、この大陸は全部が焼野原となってしまったわけだ」


 はい、と生徒の一人が手を挙げる。


「先生、科学に頼り切った時代の歴史では、魔法に関することが全然教科書に書かれてないのは、何でですか?」


 教卓に手をつき、教師は満足げに首肯する。


「当時、魔法はあくまで架空のもので、何もかも科学が優先された。……いや、優先されたというよりも、魔法は〝ない〟と信じられていたんだ。本当は魔法を使える人間も、異端者としての存在を示すことが憚られたためか、科学に頼った世界を享受した。だがその科学によって世界が荒廃したとき、とうとう魔法の出番ってわけだ。我々は、その魔法で救われた世界に生まれたということだな」


 科学技術が世界を追い込み、魔法技術が世界を救った。すると、負のイメージが強くなった科学文明よりも、魔法文明を築いていこうと、世の中は動き出した。


「今でも、利用する人が減っているとはいえ、使われているものと言えば……『パソコン』や『電話』かな。それからみんなにも馴染みがあるものと言えば……『魔電車(までんしゃ)』があるだろう。あれは、半分は魔力だが、半分は電力で動いている」


 チョークを手に取り、黒板に科学技術による機械を書き出していく。


「現在では、人の中に流れる魔力と〝聖獣(せいじゅう)〟の存在で、大体は事足りる。〝聖獣〟を従えるのにまだまだ時間はある。より高度な魔法を操れるように、今のうちに知識を蓄えておくことだ。でなきゃ、お前らはカピジャに一体何しに来てるんだって話だよな」

「遊びに来てまーす」

「よーしお前は追試だ」


 勉強に不真面目な男子生徒がやる気のない声で答えたので、教師はひらりと小テストの用紙を目の前に放ってやりながら、意地の悪い笑みを浮かべて見せた。わざとだと分かっているからか、教室内の多くの生徒から笑い声が漏れる。


「冗談なのに」


 慌てて抗議している男子生徒から、のらりくらりと適当な言葉で逃げて、「話を戻すが」と改めて口を開いた。


「勿論世界にとって、科学文明の発展が頓挫したことは大損失だったかもしれないが、それでも我々が『損失』を感じるには、ちょっと昔過ぎる。私だって、『損失』を経たこの世界が、それほど嫌いじゃあない」


 世界は不自然に一致団結した。全世界を巻き込んだ、科学技術で行われた戦争により、地球上の八割近い人間が死滅したからなのかもしれない。地球に生きる人間の総人口が劇的な変化を見せたことで、科学技術を生き残らせるような選択肢は、魔法技術の存在が知らしめられた瞬間から、無いも同然であった。そしてそれは、世界規模の歴史のリセットと、ほぼ同義だ。



 今となっては、かつての地球がどのような姿をしていたか、現実には見る影もない。何階建てにもなった「ビル」という建物が乱立する地域もあったらしいが、現在、そのような地域はどこにも確認できない。彼が教鞭をとるこのカピジャのある町や、その他の町、村、国などの集合体が大陸に点々とあり、間を埋めるのは大草原ばかりだ。


「おーい、聞いてるかぁ?」


 教師が後ろの席に声をかける。

 机の上に出された教科書と、杖の絵が描かれた絵本。どちらにも目もくれず、頬杖をつき、窓の外に目をやっているおさげの少女は、彼を見向きもしない。窓から吹き込んでくる風に、灰色の髪が滑らかに揺れる。

 少女の碧い瞳に映っている、町の外れに広がっている草原。あそこがかつては焼野原であったこと。魔法文明を築き変貌した、この広大な大陸が、昔はもっと複数に分かれて存在していたこと。授業で教えられる内容は、大方頭に入ってしまっている。


 暮らしている神殿の図書室で本を読みふけってきた少女には、既に教養があった。先ほどから長々と、ときには世間話を交えてされる教師の話は、自分の脳内にある文章をなぞるものでしかない。

 のそりと、少女の後ろで大きな体の生き物が動く。その生き物の双眸は、幼すぎる自らの主を映している。



 彼女は、クラスの中で目に見えて、異質だった。





初めまして、暁トトと申します!拙作をお読みいただきありがとうございます。

ずっと昔からあたためていた作品を、この度投稿させていただきます。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

もし面白いと思っていただけましたら、ぜひ評価等をお願いいたします!

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