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突然変異  作者: すみ鯨
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突然変異~後編

 僕は昨晩行われたサッカーの親善試合の話をした。対戦カードは日本対ブラジル。


結果は三対二で日本の勝ちであった。親善試合とはいえ格上相手の大金星に、


おそらく日本中のサッカーファンが沸いたはずだ。共に大のサッカー好きである二人


は、携帯電話の事なんか忘れて試合の話で盛り上がった。そうこうする内に昼休みも


終わりが近くなり、二人は会社へと戻った。


 デスクに戻ると、パソコンのモニターに大判の付箋が貼られていた。そこには女性


らしい可愛らしい字で、


 「業者の方が点検しましたが、どこにも異常は無いそうです」


 とだけ書かれていた。確かにパソコンの画面は特に異常がないように見えた。


チラつきもなければ、当然電源が落ちる様子も無い。


 「確かに調子が悪かったのに・・・」


 ブツブツと呟きながら付箋を剥がし、クシャクシャに丸めてゴミ箱へと放り込む。


とにかく午前中に済ませるつもりだった仕事をやってしまわなければ。椅子に座り、


キーボードを引き寄せた。次の瞬間それまで煌々と灯っていたモニターが真っ暗に


なる。驚いて手を離すと、電源が入っていないことを示す赤いランプが点灯した。思い


出したようにポケットから携帯を取り出すが、こちらもやはり電源が入っていない。


トイレへと向かい、顔を洗った。鏡を見ると、青白い顔をした男がこちらを見つめて


いた。水分を手のひらで拭い、頭の中を整理する。パソコンがおかしかったのは、僕


が触っていたせいだった。恐らく携帯も、電気シェーバーも同じだ。理解しがたいが、


自分の体に異常が起きているようだ。となれば病院に行って検査してもらう他、道は


無いように思われた。上司に体調が悪いので早退させてほしいと告げ、鞄を手に


オフィスを出る。


 ボタンを押してしばらく待っていたのだが、一向にエレベーターが来ない。さっきから


エレベーターは絶えず上下を繰り返しているのに、僕の居る階は素通りしていく。不審


に思ってよく見ると、僕がいくらボタンを押してもスイッチが反応していないことが


わかった。昼休みに会社を出た時には確かにエレベーターに乗れたのだ。昼休みから


戻ったときは、健康を気遣う中田に付き合って階段だったが。電気シェーバーに始まり


券売機、自動販売機、携帯、パソコン、そしてエレベーターと、段々影響を及ぼす対象


とその影響が大きくなっている。そんなことを考えていると、不意にエレベーターの扉


が開いた。降りる人と入れ違いにエレベーターに乗り込む。一階のボタンは既に


押されていた。ビルを出て駅へと向かう。券売機に硬貨を投入し、胸ポケットから


ボールペンを一本取り出すと、それを使ってボタンを押した。本体には触らないよう


に、慎重に切符を投入して改札を抜けた。触ってしまえば改札も止まってしまう


かもしれない。ホームには丁度列車が入ってきていた。駆け込むと同時に扉が


閉まり、走り出す。まだ1時過ぎということもあって車内はガラガラである。手すりを


掴み、窓の近くに立った。席も空いていたが、流れる景色を眺めながら、ゆっくりと


考え事をしたかった。右から左に流れる景色を眺めていると、僕はおかしなことに


気がついた。


 列車が減速している。


 列車は見る見るうちに速度を落とし、遂には完全に停止してしまった。そこは駅でも


なんでもない、線路の真ん中であった。その上こんなところで停車したというのに、


車内にはなんのアナウンスもない。乗客も皆、不思議そうにきょろきょろしている。


そんな中不意にある考えが頭に浮かんできた。


 もしかして、自分のせいなのではないだろうか。


 僕の右手は金属製のポールをしっかりと掴んでいた。半信半疑で右手を離すと、


徐々に列車は加速し始め、通常通りの運行を開始した。そして間もなく、


 「只今、原因不明の停電により列車が一時停車いたしました。停電は既に回復し、


通常通りの運行を行っています。大変ご迷惑をおかけしました」


 というアナウンスが流れた。早い段階で気が付いたからよかったものの、もし放って


おけば後ろから来た列車に追突されていたかもしれない。


 「やはり自分が電気を吸い取っているのだ・・・」


 中田が正しかった。僕は一人で青くなった。そうこうするうちに列車は目指す駅へと


入り、僕は列車を降りて歩き出した。駅を出て、病院へと向かうのだが、あまり頭が


はっきりせず、考えがまとまらない。


 運のいいことに病院は空いていた。二十分ほど待っただけで名前が呼ばれ、診察室


へと通される。そこには若い医師が座っていた。女性に人気がありそうな、端正な


顔立ちの医師だ。


 「どうされました?」


 さわやかな笑顔を浮かべてそう尋ねてきた医師に、ぽつり、ぽつりと事の次第を


説明した。内容が内容だけに、言い難そうに喋る僕の話を、若い医師はやや困惑


気味に聞いていた。にわかには信じがたい、という思いが表情に表れている。それは


そうだ、自分だって信じがたい。


 「とりあえず、診てみましょう」


 そういうと聴診器を耳に入れ、僕の胸に金属の円盤のような物を押し当てた。


 ぐらり。


 次の瞬間、僕の見ている前で医師が椅子から崩れ落ちた。何が起きたのかも


わからず呆然と座り続ける僕の横で、看護師が慌てて医師へと駆け寄る。脈を取り、


呼吸を確認すると、助けを呼ぶと同時に蘇生処置を施し始める。心臓マッサージを


続ける看護師を前に、僕は以前読んだ本の内容を思い出した。心臓を含む筋肉は、


電気刺激によって収縮している。つまり僕が触れると心臓も止まってしまうのだ。


どこか冷静にそう考えた僕は、ふらふらと診察室を出て、そのまま病院の出口へと


向かった。


 「どこか、誰もいない山へ入ろう」


 外は八月の日差しが眩しかった。

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