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突然変異  作者: すみ鯨
1/2

突然変異~前編

 遠くから音楽が聞こえる。


 「この曲はなんだろう・・・」


 僕は眼覚めた。十畳一間の部屋ではコンポが、タイマーでセットしたとおりの時間にMDを


再生していた。曲はスピッツの渚だった。布団の脇に置いてあるリモコンを手に取り、停止


ボタンを押す。いつもと変わらない朝だ。


 カーテンを開けると、外は酷い雨だった。


 カッと光る雷光に続いて、ズーンという雷鳴が聞こえる。バケツをひっくり返したような雨だ。


 「ちぇっ、この天気じゃあとても自転車は無理だな」


 僕は眉間に皺を寄せ、誰にともなく呟いた。雨の日は電車で通勤するため、少し早く家を


出なくてはならない。洗面台に行き、急いで顔を洗う。頭がスッキリしてきた。あとは髭を


剃って、着替えれば家を出ることができる。一人暮らしを始めてから、朝食を食べることは


ほとんどなくなっていた。胃が受け付けないとかではなく、ただ単に面倒なのである。


タオルを置いて電気シェーバーのプラグを差し込むと、スイッチを入れた。


 ブーンというモーター音と共に、歯が回転を始めるはずだった。ところが右手に握られた


電気シェーバーは、うんともすんとも言わない。二度三度とスイッチを入れなおしてみるが


駄目。まったく動く気配が無い。


 「くそっ、この急いでる時に」


 まだ買ってから半年もたっていないから、修理は無料でやってくれるだろう。だがたとえそう


だとしても、忙しいときに限って起こるトラブルに、イライラは抑えられなかった。洗面台の


引き出しを引っ掻き回して、T字の剃刀を引っ張り出す。先月出張先のホテルから持って


帰ってきたものだった。石鹸を泡立てて顔に塗りつけ、髭を剃る。T字の剃刀なんて使うのは


久しぶりだったし、イライラしていたこともあって、顎の辺りを少し切ってしまったが、滲む程度


で血はすぐに止まった。


 ジャージからスーツに着替え、ネクタイを締める。充電スタンドに立ててある携帯電話を


取り、ポケットに入れた。ランプは充電完了を示していた。


 ドーン。玄関で傘を掴んだとき、また雷鳴が轟いた。


 「ひょっとして傘に落ちたりして・・・」


 そう思った僕は一度部屋へと戻り、レインウェアを着て部屋を出た。ウェアのフードを被って


走り出す。駅までは歩いて十分ほどの距離なのにもかかわらず、着いたときにはすっかり


濡れ鼠になっていた。駅には同じく濡れ鼠になった人が溢れていた。普段自転車で通勤する


僕が定期など持っているはずもなく、やや列のできている券売機へと並んだ。「幾らだったっ


け」なんて考えているうちに券売機の前まで来てしまう。財布から硬貨を取り出し、投入して


点灯したボタンを押した。


 ところが切符が出てこない。壊れているのかとボタンを連打すると、十回以上も押してやっと


切符が出てきた。朝から続く予想外の出来事に、時刻は遅刻ぎりぎりである。


 会社に着くと、既に始業五分前であった。間に合ってほっと胸を撫で下ろし、パソコンの電源


を入れる。ポケットからハンカチを取り出し、ズボンについた雨粒を拭く。ぐしゃぐしゃに濡れて


しまったスーツの前では気休めにもならない。僕はズボンを乾かすのを諦め、コーヒーを買い


に行くことにした。やはり調子の悪い自動販売機で缶コーヒーを買い、席に戻った。既に


パソコンは立ち上がり、スクリーンセーバーが起動していた。早急に仕上げなくてはならない


仕事はなかったので、とりあえず頼まれていた書類の作成に取り掛かる。


 仕事を始めてしばらくして気が付いたのだが、なんだか異常に画面がチラつくのだ。しかも


時間が経つにつれて、どんどん酷くなっている気がする。そして十一時を回る頃には、


あまりの酷さに仕事をしていられなくなってしまった。もはや『チラつく』を通り越して、定期的


に画面が消えてしまうのである。上司に報告すると、修理を呼んでおくから早めに昼休みを


取っていいとのことだった。


 会社を出ると既に雨は止んでいて、どんよりとした曇り空が広がっていた。期せずして長め


の昼休みをもらった僕は、突然転がり込んだ時間を持て余してしまい、結局近くのマックへと


入ってしまう。まだ昼休みに入っていない時間帯とあって、店内はややがらんとしていた。


窓際の眺めのいい席に座り、たった今カウンターで受け取ったばかりのハンバーガーに


かぶりついた。


 ファーストフードというだけあって、ものの十分で食べ終えた僕は、またしても時間を持て


余してしまった。このあたり自分の不器用な性分が嫌になるが、性格なのだから仕方が


無い。そこで僕は同僚の中田にメールを送ることにした。もしかすると少し早めに仕事を抜け


られるかもしれない。話し相手がいれば時間を潰すのもグッと楽になる。ところがポケットから


取り出した携帯電話は、バッテリー切れなのかうんともすんともいわなかった。電源ボタンを


押しても駄目。何の反応も無い。


 「確かに朝は充電完了のランプが点いていたのに・・・」


 今日は電化製品にツキの無い日だなあ。僕はテーブルの上に携帯を投げ出すと、ぼんやり


と外を眺めていた。


 ヴーン、ヴーン・・・


 驚いたことに、さっきは電源の切れていた携帯が着信した。変だなあと思いながらも、折り


たたみ式の携帯電話を開くと、やはり電源が切れてしまっている。何度か繰り返してみたが、


テーブルの上では確かに電源が入っているのに、どうも僕が触れていると電源が切れて


しまうようなのだ。


 「ここ空いてる?」


 携帯を前に猿のように困惑する僕に、後ろから声がかけられた。振り返ると、そこにはさっき


連絡しようとしていた中田が、ハンバーガーの乗ったトレイを手に立っていた。僕の向かいに


腰を下ろし、ハンバーガーを食べ始めた中田に、たった今起きたことを説明する。初めこそ


笑って相手にしていなかった中田も、実際に携帯の電源が切れるところを見せるとやや表情


を硬くした。


 「お前、妙な電波でも出してるんじゃないのか?じゃなきゃ電気を吸い取ってるとか・・・」


 「馬鹿言うなって。どっか接触が悪いんだよ」


 僕はポケットに携帯を放り込み、氷が溶けて薄くなったコーラを飲んだ。常識的に考えて、人


が電気を吸い取るなんてありえない。そんなのはマンガとか映画とか、SFの世界だ。


 「それよりさ」

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