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22話 見舞いと代わり

「え? お休み、ですか?」


 結論から言うと、先日の緋金さんへの心配はやはり杞憂ではなかった——かもしれないらしい。


「そ〜なのよ〜。びっくりしちゃった、『臨時休業』の張り紙がしてあって」


 教育支援の一環で通っている児童館で、わたしの言葉にうなずいた顔馴染みの職員さんは、ハアとため息をついた。前に緋金さんのお店のケーキをふるまってくれた女性だ。


「きょうはアリアさんも来てくれるから、またおやつに浅葱屋さんのケーキを! と思って楽しみに買いに行ったんだけどね〜。まあ買えないのは売り切れとかでよくあることだからいいんだけど、店長さんが心配よねえ。なにかあったのかしら」

「…………」


 思い出すのは、数日前のお出かけのときのちょっと疲れた顔。……とはいえあのときは、すぐに倒れそうとかそういうほどではなかったはず。

 このところ、遅くまで試作を作っているので——そんなことを彼は言っていた。あの日の後も結局、無理を続けてしまったのだろうか。


「やだ、アリアさんもなんだか顔色悪くない……?」

「え、あ、いえいえだいじょうぶです!」


 単純に心配で血の気が引いてきただけだ。


 倒れてとか……いない、よね? ……嫌な想像がぐるぐる回る。休業の張り紙がしてあったということは、それを貼るくらいには動けているはず……?

 でも、でも……。


「…………」


 苦しんでいるあの人を想像するだけで、頭がおかしくなりそうだった。











「……着い、た」


 児童館でのお仕事はちょうど終わりしなのタイミングだったので、院長に相談し、わたしは修道院に帰らずまっすぐ緋金さんのお店へとやってきていた。


 息が整うのも待てず、そのまま扉へ近づいて張り紙を確認。


「『本日、諸事情につき臨時休業いたします。申し訳ありません』……それ以外のことは、……書いてない、か」


 まさか床に倒れてたりしないだろうかと、店の中を覗く。まるきり不審者だが、気にしていられない。


「……うーん」


 特に人影は見えない。


「……環ならなにか知ってるかな」


 よく考えなくても、いちばんに確認すべき相手だ。しかし、わたしは携帯電話を持っていないので手元に連絡手段がない。


 ……どうしよう。ダメだ、動転していてうまく頭が働いていない。

 こういうときこそ、冷静に動かなきゃなのに。ええと、ええと……。


「……そうだ、お部屋の方に!」


 緋金さんの住むアパートはすぐ近くだ。思いついた瞬間にはそちらへ走り出していた。


 時刻は夕方。赤く染まる街の中、背後から差す夕日でわたしの黒い影は進む先へズルリと伸びていく。

 やたらに長く感じた数分程度の道のりを越えて、アパートの前へとたどり着いた。緋金さんの部屋は一階。


「……寝ていたらご迷惑よね。……でも」


 すこし迷ったものの、インターホンを押す。ピンポーンと軽い音がして、……待つことしばし。


 ドアからは、誰も出てこなかった。


「いらっしゃらない、のかな……? それとも、中で……」


 なんてつぶやいたときだった。



「あれ……? ……ええと、アリアさん! ですよね……?」



「え?」


 後ろへ振り返ると、いつの間にかそこへ来ていたのは、見覚えのある明るい雰囲気の男性。

 この前店に訪れた、緋金さんの昔からのご友人だという内海さんだ。


「どうしたんです? 柊一になんか用ですか?」

「あ、……わたしは、その……」


 どう答えたらいいものか言い淀むこちらに、内海さんはその手に下げたビニール袋を軽く掲げた。


「同じ目的ですかね? 俺も、あいつの見舞いですよ。必要なもんの買い出しも頼まれてましてね」

「……っ緋金さん、やっぱり具合崩されてるんですか? わたし、お店の張り紙のことだけしか知らなくて」

「ああー、なるほど。そうなんすよ、熱出してぶっ倒れてるらしくて」

「た、倒れて……!」


 飛んできた言葉にそれこそ倒れそうになる。そんなこちらの様子を見て、慌てたように内海さんは手を横に振った。


「ああ、いやいや、やばい病気とかじゃないっす! 昔からたま〜にあるんすよ、こういうこと!」

「……そ、そうなんですか?」

「あいつ、自分の疲れに気づくのとちゃんと休むのがクソ下手すぎて、疲労をバチボコに溜め散らかした挙句、気づいたときにはもう限界でそのままダウンする、っつ〜ことがたま〜に……」

「あ、……あー……」


 ものすごく納得のいく説明だった。緋金さんらしいというか。


「疲れで免疫下がるのかなんなのか、だいたい風邪っぽくなって熱出すのもセットでして」

「そ、……そうだったんですね」


 よかった、とまで言っていいのかどうかはわからないが、取り返しのつかない大事なわけではないようだ。とりあえずは一安心。


「マジでバカでしょ? 説明してて頭痛くなってきたな……も〜、ほんっとクソバカ。自分を大事にするってことを知らないの、ずーっとそう」


 ハ〜、と内海さんは大きなため息を吐いた。

 ああ、この人はほんとうに緋金さんと仲良しなんだ。言葉からも表情からも、そんなことがわかって。


「……学びゃしないんだから、痛い目見ても」


 その言葉は、かつての事故のことを言っているのか。それとも、……環のことを言っているのか。


 ——この人に聞けばいいんじゃないか、環の『裏切り』について。


 不意に浮かんできたのはそんな考えだった。

 緋金さんに聞くことなんてもちろんできなくて、環に直接尋ねる思い切りも持てなかった。


 だけどいま、この人になら……なんて、部外者のわたしが? でも、いや……。

 グルグルと迷っていると、逆に内海さんがこちらに問うてきた。


「彼女の代わり、っすか?」

「……え?」

「ほら、柊一の彼女っていま海外にいるでしょ? で、アリアさんってその彼女のお友だちなんですよね? だから、彼女の代わりに柊一の心配しようとしてるんかなーって」


 環の、代わり。


 それは、いつか緋金さんにも言われた言葉だった。彼が女性二人組に絡まれていたところへ割り込んだとき、「環の代わりをしてくださったんですよね」と。


 環の、代わり? 

 わたしが?


「……わ、……たしは」


 頭の中で、一気に暴れまわる。

 まるで巣を突かれた蜂のように、緋金さんと過ごした時間の記憶が。


「アリアさん?」

「わたしは、わたしは、…………わたしは、環の、……緋金さんの……——わたし、は」

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