第9話
第7話を間違えてストックの方出しちゃってたんで是非そちらも読んでいただきたいです…
「なんで谷口さんまだいるんだ?」
負けたチームはすぐに片付けに入るはずなのだが彼女は片付けもせずにむしろ次の俺たちの試合の準備のためにボールやらを外に持ち出していた。
「谷口さん保健委員会だろ?だから怪我人とか出たら手当てでもするんじゃね?」
「それじゃ男子どもが怪我しまくるかもしれんな」
男は時として女子に気にかけてもらいたいと思う生物なのだ。それが学内一の美人であれば、なおさらのはずだ。
自分も男だが、つくづく単純な生き物だと思う。
自分の矜持を瞬間的に捨てられる生き物でもある。
「……それにしてもよく知ってるなお前」
「情報通と呼んでくれ」
「分かったよストーカー」
「ストーカー!?」
「おい!ストーカーとはなんだストーカーとは!」と喚く灯真を無視して次の試合の為に軽くストレッチをする。
「ほら、次始まるぞ。準備しとけよ」
「ストーカー疑惑を晴らしてからにしてくれ!」
無視してコートに向かう。どうやら次は諦めたようだ。さて、次は……一年生とか。非常に面倒くさい。出来れば補欠のメンバーに入りたいところだが、元陸上部という名目でまた無理やりやらされるのであろう。だからもう諦めた。
体育館から自分の教室に灯真と一緒に移動する。体育館シューズは教室の前にある棚に入れなければならないのだ。だから、一度教室に帰って体育館シューズを置いてから一階の売店横の靴箱で体育用の靴履き替えなければならないのだ。
体育館シューズを置きに来ると、他の負けたメンバーはもう教室に帰っていた。羨ましい限りだ。こっちはやりたくもないドッヂボールを無理やりやらされてるというのに。
「面倒くさそうな顔すんなって!楽しめよ」
肩をぽんぽんと叩きながら灯真が慰めてきた。
灯真に慰められるのなんだか変な気分だが彼の言うことに一理あるので従うことにする。
「そうするしかなさそうだなぁ……」
「そうするしかないんだよ」
靴箱で体育用の靴に履き替えてグラウンドに向かう。
今日という日に限って日差しが強い。まだ五月だというのにこの暑さだ。これから先の季節が思いやられる。
「暑いなぁ」
思わず口から出てしまった。言うとますます暑くなったりするので言いたくなかったが、不意に出てしまった。
「あぁ……。暑い。どうしてわざわざ外でするのかが分からん」
額の汗を拭きながら灯真は悪態をつく。
「体育館でやればいいものを……。でも、文句ばっか言ってても終わらないし、やるしかない」
「違いない」
そして、ニ人でグラウンドに向かう。グラウンドには一年生とウチのクラスのメンバーが数人いた。そのメンバーと合流して他のメンバーを待つ。
「なあなあ…今日の谷口先輩可愛くない?」
「分かる。あのポニーテールがたまらん」
待っていると近くに立っている男子たちの声が聞こえてきた。「先輩」と呼んでいるからおそらく一年生だろう。
まだ入学してから一ヶ月しか経っていないのに名前を知っているとは驚きだ。それほど可愛いという意味なのか、それとも、この一年たちの情報取集能力が高すぎるのか。
「谷口さん人気だなぁ……」
灯真がボソリとつぶやく。
実際、谷口さんの容姿は整っている。男子が好きそうな身体つきをして居るし、顔もモデルの雑誌で見るような顔つきだ。
だが、興味はない。なぜなら、彼女には本当に好きな男がいるのだから。
実は、このことを知ってるのは彼女以外だと俺しか知らない事実だったりする。
「……知らん」
「お前は気にならないか………。実は俺もだけど」
「なんで?」
意外だ。谷口さんほどの女子に興味がないだと。
この時に俺は自分も興味がないと言ったことを棚に上げていた。
「俺別に好きな人いるし」
「………初耳なんだけど?」
「いや、言ってないし」
好きな人いたのか………。本当に初耳だ。まあ、俺が知ったことではないが。
元々、灯真は、俗に言う陽キャラであったことをすっかり忘れていた。
それならば十分彼女がいてもおかしくない。
しかし……なんというか。彼の好きは純粋な「好き」な気がする。
邪の全くない、純粋な好意的。それがなんだかとても……羨ましい。ただ一人の異性に想いを向けることが俺には今までなかった。
「………まあ、がんばれ」
「おう、絶対付き合ってやるぜ」
誰が好きなのかは聞かなかった。それを聞くのは野暮というものだ。
そうこうしてたらメンバーが全員集まっていた。準備もほぼ完了しており、すぐにでも試合を始められるようになっていた。
ようやく始まる。さっさと当たって外野に行こう。
そうして一年とのドッヂボールの試合が始まった。
「どうしてこうなった」
「気にすんなって。ほら、相手ボールだぞ」
現在こちらのクラスの内野に残って居るのは俺と灯真だけ。一年は明らかに一年とは思えないほど高い身長のやつが一人。ついでにガタイもいい。あんなやつがいたら他の一年のクラスは一瞬で壊滅しただろう。
「なんだあのゴリラ…」
「野球部だってよ?」
「知るかよ」
軽口を叩き合っていたら190に近い身長かつその体躯から放たれる豪速球が俺たちの間をすり抜けていった。髪が風圧で巻き上がる。
あれに当たったら……死ぬかもしれないな。そんなことを思った。しかし、これは後々から考えるとフラグだったのかもしれない。
相手の外野からこちらが取れない高いボールで内野のゴリラにボールをパスする。
これなら簡単に避けられるだろう。
次、またあのボールが飛んでくる。そう思って自陣の後ろの方へと逃げる。
最後尾まで下がればボールも弱くなると思ったのだ。
しかし、その考えが甘かった。そんなに簡単に避けられる速さのボールではなかった。
「え……?」
自分の身体は思っていたよりずっと動かなくなっていたのだ。陸上をやっていた時と比べて3割ぐらい動けてない気がする。
普段の動きには支障はないが、今回みたいに急に身体を動かすことが難しくなっている。
「終わった」
ポツリと口から絶望の声がこぼれ落ちた。
ゴリラの剛腕から繰り出される豪速球が俺めがけて飛んできた。
これは避けられない。
ガッツリ頭を吹き飛ばされた。
これがただに投げられたボールだとは思えないレベルの衝撃だった。
あまりの衝撃に、立って居ることができずに地面に倒れ込んだ。
それからだんだん意識が遠のいていくのを感じた。
「嘘……だろ……?」
下級生の投げたボールが顔面に直撃し気絶する上級生の姿がそこにはあった。
これじゃ噛ませ犬のいいところだ。