第8話
遅れてもうしわけないです…
体育館に怒声と悲鳴と歓声と体育シューズのキュッという音とボールが激しく行き交う。そしてそのボールを避けたり取ったりして敵陣地にいる人間に投げつける。
そう、ドッヂボールだ。
何故ドッヂボールをしているか。それは今日はこの学校の行事の球技大会中だから。学年別クラス対抗トーナメント戦だ。1年生は校庭。2、3年生は体育館。学年別だが、決勝だけは少し違う。
1、2年生の1位が試合をして勝った方が3年生への挑戦権を得るという仕組みになっている。俺たちのクラスはただ今下級生のクラスと対戦中だ。
残りは男子が1人。対してこっちのチームは男女含め6人も残っている。
もう勝ちは決まっているようなものだ。
ちなみに俺はとっくの昔に外野に出ている。というか自分から出たと言った方が正しいかもしれない。
大袈裟な演技で女子のか弱いボールに当たりに行った。
どうせ動きの鈍い俺がいた所で戦力にはなるまい。
むしろ強い奴の邪魔をするだけだ。
「………面倒だ」
すると横に強いと見込まれて試合開始後すぐに狙われて集中砲火を浴びた挙句ボールに当たってしまい外野に出てきた灯真が声を掛けてきた。
「そんなこと言うなって。授業がないだけマシじゃないか」
「俺としては授業の方が楽なんだがな…」
「何を言い出すかと思えば。元陸上部だろお前。運動得意だろ?」
「もう随分と身体動かしてないし、何よりボールは苦手だ」
「あーなるほど。走るのはいいけどボールを扱うのは苦手ってことか」
「ちなみに専門は走る競技でもなかったからな」
「だめだこりゃ」
苦笑して肩をバンバン叩いてくる。
思わずムッとした顔になったがすぐに引っ込める。
こいつがイジってくるのはいつものことだ。スルーしてないとやってられない。
「………次は何処とだっけ?」
最後の1人がやられて試合が終わった。
そのまま休憩に入る。
「何処だったかな……あぁ、そうそうあの方がいるクラスだ」
「あの方?」
「谷口さんだよ」
得意げな顔でいけしゃあしゃあと話す灯真。
灯真は人をムカつかせるには十分な素質を兼ね備えた人間だと俺は思う。
特に顔が。
「ふーん……」
「なんだよ。そっちが聞いてきたのに興味なさげじゃん」
「ごめん」
「許さない」
「今度一緒に飯を食いに行こうか」
「許す」
チョロくて助かった。ちなみに奢るとは言ってない。
それから少し休憩があった後に谷口さんのクラスのメンバーがこちら側のコートにやってきた。
やはり彼女の容姿は目立つ。幾人かの取り巻きの陽キャグループメンバーに囲まれて楽しそうに話していた。
「やっぱ可愛いよなあの人は…。お前興味ないの?」
腕を組みながら横に立っていた灯真がニヤニヤしながら聞いてきた。
「まあないな」
「うっそだー!」
「ないっつってんだろ」
頭を叩こうとしたらすんでの所で躱された。そしてニヤニヤしながら叩くのを諦めて座った俺の背後に立ち、頭をペチペチしてくる。
俺はもうそれでいいよと言わんばかりに肩を落とす。
「ほら、試合始まるぞ」
「ハイハイ」
それから先生のホイッスルで試合が始まった。
谷口さんは最初から内野にいるようだ。
最近見ている谷口さんは制服姿しか見たことがないので体操服は新鮮だった。
白すぎる肌に簡単に折れてしまいそうな腕や脚。
そして極めつけはいつも流している髪を今回は結んでポニーテールにして動きやすくしていることである。
正直少し見惚れた。可愛いというか綺麗だ。しかし、若干ドヤ顔に見えるのは気のせいか。
「………」
あまりじっと見ては無粋だろうと目を逸らす。
それから試合はスムーズに進んでいった。
どっちかのクラスのメンバーが当たればもう片方のクラスのメンバーが減る。一進一退の攻防を繰り返した結果こちらのクラスの内野には灯真と女子1人になってしまった。
一方谷口さんの方のクラスはやたらゴツい男子が1人と谷口さん含め女子が2人になっていた。
「これやばくない?」
「がんばれ灯真!」
みんなから心配の声と声援が灯真に浴びせられる。
プレッシャーにならないか少し心配したが心配無用みたいだ。
「あいよっ!任しとけ!どりゅあああ!」
なんだどりゅあああって。と心の中でツッコミを入れるがなんとその投げたボールはやたらゴツい男子の腕にクリティカルヒット。あれは取れまい。
これで残りは女子2人。しかもボールはこちらのクラスの外野に転がってきた。
1番近くにいたのは俺だったので仕方なくボールを拾う。
「灯真!ほら!」
俺は灯真に放物線を描くようにボールに投げる。
灯真がそのボールをキャッチする。そしてキャッチした瞬間灯真は全力投球した。
谷口さんはこちらの外野と内野を仕切る線のギリギリで躱したものの体勢を崩してしまった。しかも、もう1人の女子はボールに少し掠ってしまっていた。
それからボールはまたこちらのクラスの外野にコロコロと転がってくる。
そして最悪なことにまたもや俺のところに来てしまった。
今日は運が悪い。月一あるかないかの最悪な日だ。
体勢が崩れ、コケてしまった彼女に俺はボールを構えて…構えて……。
「ごめん…俺の代わりに投げてくれない?」
投げることはできなかった。
隣にいた女子にボールを渡す。
女子相手に。しかもコケて身動き出来ない彼女に男がボールを投げることができる義理はなかった。カケラも。
「えいっ!」
その女子が投げたボールはぽんっと彼女の足に当たって床に落ちる。
結局それで試合終了。俺たちのクラスの勝ちとなった。
「………怪我は無いですか?」
「へっ?あ、ない……よ?」
そのままの体勢で固まっていた谷口さんに声をかける。
コケた拍子にどこか擦りむいていたりしたら大変だと思ったが、どうやらその心配はなさそうだ。
何事もなかったかのように彼女は立ち上がる。
「ありがとう。大丈夫」
「そうですか」
そう言って俺はすぐに立ち去り、灯真のところに速足で向かった。
あまり人前で彼女に関わっては後々めんどくさいことになりそうなので図書室以外では話さないようにしている。どうしても話さなければならない時は変な誤解が生まれないように敬語で話している。
「お前谷口さんと話してたろ」
またもやニヤニヤしながら灯真が話しかけてきた。
ここまで何度もこのニヤついた顔を見ていればもう腹も立つまい。
「別に、怪我してないか聞いただけだし」
「お前紳士か?」
「紳士は手を貸して立たせるところまでやってる」
「似非紳士め」
「似非で結構」
これで俺のクラスは2年生ブロックの決勝に進んだ。
次で勝てば1年生の1位と試合だ。
頼むから次で負けて欲しい。1年との試合は外でやらねばならないのだ。それだけはなんとしても避けたい。
何故か?めんどくさいからに決まっている。
俺の負けたいという意思とは反対にクラスのメンバーは「絶対優勝するぞ!」と盛り上がっている。
着々と準備は進み、2年生ブロックの決勝が始まった。
どうやら月一番の最悪の1日はまだまだ終わらないみたいだ。
次はもっと早く……