第4話
「駄目だ。鍵かかってる」
「内側から開けられないの?」
「残念なことにこの部屋に入って内側から鍵をかける人間は居ないだろうからな。簡易的な内鍵はあるがそれと外の鍵は連動してない」
扉をガチャガチャしてみるが開かない。
困った。今この時間図書室にいるとすれば図書室の先生。佐々木先生しか居ない。
しかも、その先生は今会議中で帰ってくるのは六時ぐらいになると言っていた。
携帯があれば一瞬で解決したのだが、あいにく二人ともその日に限って携帯を持参していなかった。
「……マジか。谷口さん、今日何か用事はある?」
「あったら男子からの告白なんて受けて無いよ〜」
閉じ込められたというのに少し楽しげな表情でケタケタ笑いながら皮肉を言う。
なんだか毎日図書館で読書に耽っている自分が恥ずかしくなってきた。
しかし…その言い方だと……。
「ってことは谷口さんは毎日予定なしってことになるけど」
「………言葉の綾って知ってるかな?」
「それ使い方合ってる?」
結局扉は開くことができずに本を探し始めた。
出るにせよ先生がいないと話にならない以上、仕方がない。
不幸中の幸いにも先生は書庫の鍵はいつも持参して居る。帰ってきたら扉を叩けば気づいてくれるはずだ。
「無いな」
「無いねぇ……おかしいな」
「3階かもしれんな」
「りょうかーい」
2人で3階に登る。
にしてもこの階段……少し急すぎる気がする。上の人間が落ちてきたら下に居る人間は下敷きになってしまう。
落ちまいとゆっくりと登る。
3階にも本はあるが1階と2階と比べて
「うーん……あっ!あった!」
「やっと見つかったな」
「長かったぁ!」
目当ての本が見つかって相当嬉しいのか本を抱えながら軽くジャンプしていた。
「そんなに読みたい本だったのか?」
「うん!」
見つかって何よりだ。
さて、やることがなくなってしまった。
谷口さんは「疲れた〜」と言って本棚のない壁に寄りかかって座る。
それからポンポンと自分の横を叩き俺にそこに座ることを催促した。
正直少し気恥ずかしいが誰も見てないし別にそこまで嫌というわけじゃないので素直に座ることにした。
「暇だね」
「そうだな」
「寒いね」
「学ランとパーカーを着ているからなんとも」
「私ベストだけだからちょっと寒いかも」
「知らん」
「………ねぇ…」
さっきまでの短い会話から一転。
前を向きながら話していたのだが身体を回転させて俺の方に向き直った。
それから谷口さんは少し深妙な顔をする。
「なに?」
「君にね…聞きたいことがあるんだ」
横目で彼女を見ると手を床について身体を近づけ、俺の耳元に向かって口元を寄せた。
ふっくらとした色づきの良い唇が目と鼻の先にあり、女子特有のいい香りが鼻腔をくすぐる。
密室に男女2人だけ。よく考えたら他から見られたら誤解されるに決まっているこの状況でこんな………。
「……聞きたいこと?」
裏返りそうになる声を必死にいつものトーンに落ち着かせる。
一体、俺に何を聞きたいというのか。
「君さ……私のこと……」
バクバクと鳴り響く心音と冷や汗が止まらない。
まさか…出会ってまだ初日なのにこれは……。
「好き?」
一瞬時間が止まった気がした。
好きじゃない。というわけではないが残念なことに俺には恋愛をしたいという欲望はない。
だが、性格は好ましいと思っている。
恋愛感情ではない好きと言ったらわかりやすいか。
そんな感じ。
「嫌いではない……かな。でも、恋愛感情の好きはない」
「そっかぁ……」
だよねと呟いて俯く。
表情は読み取れないが正直見ても面白いものではないのでのぞきこんだりはしない。というかいきなり覗き込んだりしたら失礼に当たるだろう。
それよりもだ。「だよね」と言うことは俺が好きではないと返答するのが分かっていたということだ。一体どういうことだったのか。
「分かってるんだったらそういう勘違いさせるようなことは男にしないほうがいいぞ」
少し尖った口調で言う。こんなことを通常の男子高校生にしたら確実に落ちているだろう。
この状況で「うん」と言わない男子は数少ないはずだ。
「……君だから聞いたんだよ」
「……なんで?」
「君は私に本当に興味ないか確かめたの」
「……言っとくが本当に興味ないぞ」
「そっかぁ…」
なんだか少しだけ残念そうな表情に見えたのは気のせいか。
大体、出会ってすぐに「私のこと好き?」なんて言う女子は絶対裏があるに決まっている。
「あのさ…。私のこと好きじゃ無いんだったら、一個だけ私のお願いを聞いて欲しいな。君に私の本当に好きな人に告白してもらうために協力してほしいの」
「どういうこと?」
「私好きな人がいるの。だからその人に私に告白してもらうように図ってほしいなって」
ほう、意外だ。彼女は今まで大量の男達から告白されてきた。
それなのに、その中には好きな男は含まれて居なかったと。
そして大量の男に告白されても応じない彼女が本当に好きな男がいるのも意外だ。
てっきり恋愛なんてもう懲り懲りと思っているのかと思った。
「………どうして俺が?何より自分で告白すればいいじゃないか」
好きな人がいれば告白して付き合ってくれるかどうか聞く。普通のことだ。恋愛を始める際、必ず誰もが通る道である。
「その人はね、私のことは好きじゃないって言ったの。それに君、私のことを好きって言わなかったでしょ?だから適任かなぁって」
まあ確かに。好きじゃない相手と付き合うには相手に好かれる必要がある。
好かれてもないのに告白して振られた場合、2回目の告白には相当な精神力が必要になる。
その状況になる事をを彼女は避けたいのだろう。
「だったら同性の人間に頼めばいいものを」
「異性からの意見が欲しいの。それに……女の子の口は軽いんだよ?」
「ほう、俺が誰にもバラさないと?」
「まあね。きみは口が硬そうだし。何より君がバラしたところで誰も信じないだろうしね」
若干傷ついたが、確かにその通りだ。俺がバラしたとて、信じる奴はいないだろう。
「その通りだが……。もっとオブラートに言ってくれると嬉しいんだが」
「あっ……。違うんだよ?その……」
「いいよ別に。その通りなんだから」
「でね、アドバイスでもいいからやってくれると嬉しいなって。私もアイディア出すからさ!」
「分かった。協力する。あと別に、アドバイス程度でお礼は要らん」
要するにだ。好きな男に告白されたいから手伝えということか。
しかもアドバイスだけでいいと彼女は言う。
言っちゃなんだが彼女は俺にとっては……なんというか。今まで助け続けていたせいからか家族?みたいな感覚になってしまっている。だから出来るだけ助けてあげたい。
「やったぁ!」
「そんなに喜ぶ事か?」
「そりゃね。君が協力してくれたら絶対付き合える!」
「どこからそんな自信が湧き出てくるんだ」
「うーん……多分?」
「そう、それでいい」
俺が絶対に彼女の意中の男と付き合わせられるわけではないのだ。
そこは分かっていてもらいたい。
「で、その意中の男は誰なんだ?」
「教えない」
「なんじゃそりゃ」
ふざけて居るのかと一瞬思った。しかし、彼女の目はいつになく真剣だった。
「教えてくれないと何もできないんだけど」
「だーかーらー。男の子側から好きな女の子にされたら嬉しいこととかを教えて欲しいの!!」
「………わかった」
なんだそれは。訳がわからない。しかし、協力すると言った以上、断るわけにもいかないか。
「へくちっ!」
「忙しいやつだなぁ……」
さっきまで騒いでいたかと思えば急にくしゃみするし、なんだか一緒にいて疲れる。
先程までの色気はどこへ行ってしまったのか………。
しかし、やっぱりこの部屋は少し寒い。
俺は春に着るには少し厚着なくらい服を着ているが、彼女はベストとYシャツだけだ。
しかもこの部屋は温度が年中一定に保たれているため春の暖かさに慣れていると寒く感じる。
「ほら。これ着てて」
学ランを脱ぎ、彼女の肩に掛ける。
それに気づいた彼女はびっくりした表情でこちらを見上げた。
しばらくの間見つめ合う。見つめあってしまった。
恥ずかしくなって目を逸らす。
駄目だ…この目は人を惑わす目だ。好きじゃないと言ったばかりなのに動揺してどうする。
かぶりを振って邪念を頭から追い出す。
「あ…ありがとう」
「寒そうだったからな」
「優しいね」
「優しいどうこうの話じゃない。やりたくてやっただけだ」
「そうなの?」
「そうだ」