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とあるマルシェのお話

作者: よち

時代は中世。

だいぶ夏の気配が南に去って、秋の訪れを太陽の昇る日中でも感じる事が多くなってきた、そんな頃――



とある小さな国、ヴァレはもともと山あいの盆地に建てられた、小さな城郭都市であった。

そんな場所では、この季節、夜の訪れは早くなり、気温も急激に落ちていく。


夜が過ごし易くなったと喜ぶ者が居る一方で、寒暖差の激しさに、体調を崩す者もいくらかは出てくるのだ。




「あれ、メイちゃん。どうしたの?」


都市城壁に囲まれたヴァレの中心。

壕に囲まれたお城へと渡ることのできる、普段から開放している南門の前で、一人の女中が5歳くらいの女の子に声を掛けた。


「ママがね、お熱がでて、今日はお休みしますって」

「え? アンジェさんが?」


茶褐色の細い髪を長く伸ばした、少しふわっとした体つきの女中の名は、マルマ。小さな女の子のお母さんが、マルマの上司でもあり、お城の女中達を纏める存在でもある、アンジェである。


「ママは、どうしてるの?」

「寝てる」

「……」


抑揚の無い答えが返ってきて、拍子抜けをする。それほど、深刻という訳でも無いのだろうか…


「一人で?」

「ううん。お父さんが居る」

「……」


メイの父親の名は、グレン。ヴァレ国の、軍事を司る将軍である。


(城内のトップと、軍務のトップがお休みか…)


深刻な事態という訳でもないが、今は戦乱の世。何が起こるか分からない。マルマはとりあえず、一人の女性にこれを報告しようと考えた。




「え? アンジェさんが?」

「はい…」


マルマが向かったのは、ヴァレ城の3階。国王の居住区。

その報告を耳にすると、少し癖のある、赤みの入った髪をふわっと揺らして、王妃のリアが幼さの残る身体から、驚きの声を上げた。


「アンジェさんにとっては、不覚でしょうね…」


普段は体調管理の大切さを説く立場である。

そんな立場の者が無様な姿を晒す…その悔しさは、リアも過去に体験済みなのだ。


「そうですね…」


マルマはそう小さく呟くと、続けて、少し明るい声を出した。


「でも、良いんです。たまには、完璧じゃないってところを見せてくれた方が、私達は安心できるってもんです」


「…そうかもね」


マルマの返答に、リアが納得をするように言葉を返した。


「そういえば、マルシェはどうするの?」


「あ…」


ヴァレのマルシェは、一日おき、午前中に開催をしている。

城の南門から、ヴァレの都市城門へと続くメインストリートに、アンジェのお店も並ぶ筈だ。


「そういえば、今日からは秋の収穫を祝って、三日連続で開催をする筈…」

「誰かが、代理でやってるのかな?」


「確認してきます」

「あ、待って」


マルマが階下へと続く階段に足を向けると、鍔の広い麦わら帽子を手にしたリアが、それを制して言口を開いた。


「私も、行くわ」




アンジェの家は、将軍の家という事もあって、何か起こればスグに駆け付けられるように、城の近くに建てられている。


「あけます」


大きな門構えを通り過ぎて玄関ドアをノックすると、小さな女の子の平らな声がした。恐らく、さきほど城へと言伝にやってきた、メイである。


「こんにちは」

「あ」


木製の大きな扉がのそっと開くと、前屈みになったリアの目線より更に低い位置から小さな顔がやってきた。

そして、リアの顔を見るなり、タタッと背中を向けて、奥へと駆け出した。


「あれ?」


「ママ、帽子のおねえちゃんが来た」


二人が訝しんだ直後に、そんな声がやってくる。


「え? え? 王妃様が?」

「アンジェ、寝てなさい」


「……」


そして、続いた会話。

突然の王妃の訪問に対する、慌ただしさが伝わって来る。


マルマが眉間に中指を置いて後悔を認めると、リアは眉尻をへなっと下げて、困ったような薄ら笑いを浮かべるのだった…




それから30分もすると、リアとマルマは、人通りも落ち着いてきたマルシェにやってきて、お店の設営を始めていた――



「じゃあ、アンジェさんの代わりに、私達が頑張ります」


よろよろっと姿を現したアンジェに、好奇心旺盛なリアが申し出たのだ。


「そうですね…周りのお店の方に、迷惑掛けますし…お願いしようかしら…」

「任せてください」


そんなやりとりがあって、今に至る。



「今から、売るのかい?」

「はい。アンジェさんの売り物、置かせて頂いて、申し訳ありません」


隣でテントを張っている、紺色の衣服に白いエプロン姿の、ふっくらとした中年女性に優しく話し掛けられて、マルマが答える。


「いいんだよ。アンジェさんには、本当に良くしてもらってるからね。こんな時くらい頼ってくれないと、恩を返せないよ」


皺の入った穏やかな笑顔には、それと分かる、日頃からの感謝が込められていた。


「分からない事があったら、何でも教えるから、遠慮なく聞いておくれ」

「はい。ありがとうございます」


人の評価というものは、こうしたところでも上塗りされていく。

自身の描く素描と重なり、それが喜楽を伴うものであれば、嬉しいものだ。


籠いっぱいに盛ったエンドウ豆を両手で持ちながら、まるっこい顔に微笑みを浮かべると、マルマは元気一杯にお礼を述べた。



「さあ、売り捌くわよ」

「でも、結構売れてますね…」


隣のお店だけではない。

アンジェの屋台に並ぶ筈だった売り物は、方々へと渡って様々な店主たちによって売られ、その在庫は、半分以下に減っていた。


「普通、こんなに売れないわよね…」


リアが改めて隣の屋台を見やると、半分ほどの商品が売れ残っていた。

自分の商売をよそに、アンジェの品を優先的に扱ってくれた店主も居たようだ。


「売れ残った品は、どうなるの?」


「当然全部は無理ですけど…アンジェさんが安値で買い取って、私たち、城住まいをしている女中の賄いに使われます。あと、修道院に送られたりもしますね」


「なるほど…」


「城で買い取るのは、アンジェさんの発案なんですよ。安値で買って、食費が浮けば、それだけ、城の働き手を増やせるって」


「……」


ここ最近、女中が増えたな…


そんな事を漠然と感じていたが、その答えが、思わぬところからやってきた。


「まだ、私の知らない事ばかりね…」


鍔の大きな麦わら帽子を被り、お手伝いさんに扮した小さな王妃は、行き交う市井の人々を眺めながら、寂しそうに呟くのだった――




「あれ?」


「どうかしました?」


正午近くになり、ちらほらと並べられた商品を片付けるお店が出てきたころ、リアが何かに気が付いて、そんな声を出した。


「なんか、商品が消えてる…」

「え?」

「確か、タマネギか、リンゴが置いてあったと思うのよね…」

「そういえば…」


屋台に並べられた商品。

角の一角に、不自然な空白ができている…


リアの記憶に、マルマも同意したが、正午の撤収時間が迫ってきて、犯人探しは、もはや不可能であった――




「あ」


その翌日。

またも、同じ時間帯に、商品の一部が消えた…


「うーん…」


「放っておきなさい」


昨日と同じ麦わら帽子を被り、屋台の正面に立って難しい顔をしながら腕を組んだリアに、隣のベテラン店主が、屋台の奥から諭すようにそんな事を告げた。


「アンジェさんは、見逃しとったよ」


「…どういう、事ですか?」


努めて、冷静な口調でリアが尋ねた。


「見かけない子だったからね。たぶん、何かの事情で、日銭が滞ったんだと思うよ。こう言っちゃあなんだけど、アンジェさんとこは、マルシェの管理人で、商売人じゃないからね。売上を盗むとか、大きな悪さをされるくらいなら、商品をちょっと盗まれるくらい、施しだと思ってんのさ」


「……」


「だから、見逃してやんな」


ベテラン店主が、重ねて告げた。


「それって…それで、良いんでしょうか…」


リアが、浮かんだ疑問を口にする。


「ん?」


「いえ…なんでもないです…」


しかし、その場では目線を下げて、リアは、それ以上の言葉を自重するのだった――




その夜。ヴァレ城の3階。国王の居住区。


「――っていう事があってね」


リアは、伴侶である国王ロイズと、いつもの窓際に置かれた小さなテーブルを挟むと、昼間に起こった出来事を、ちょっと嬉しそうに語ってみた。


淡い星明かりが注ぐテーブルに、儚い灯りのランプが一つ。

秋の夜長に、虫たちの奏でるキリリと高い声色が、優しく遠くからやってくる。


「それで、どうするの?」


そんな中を、ロイズの落ち着いた低い声音が、リアの小さな耳へと返ってきた。


「何か、考えはあるんでしょ?」


「まあ、一応はね…」


背中を椅子に預け、伸ばした右腕をテーブルに載せたロイズが信頼を寄せると、お気に入りの白いティーカップを両手で支え、口元へと運びながら、静かにリアが答えた。


「手伝える事があったら、手伝うよ」


「うん…たぶん、お願いする事になると思う」


仄かに温かさの残る紅茶で喉を潤すと、大きな瞳を伏し目がちにして、リアは、そんな言葉を小さく呟くのだった――




「昨日のことだけど…」

「泥棒さんですか?」


屋台の奥。降り注ぐ日差しを避けるようにして並んだマルマに、肩越しまで伸ばした髪を後ろで束ねたリアが、麦わら帽子を被り直して話し掛ける。


「うん…隣の人は、見逃せって言ったけど、それで良いとは、どうしても思えないんだよね…」


「そうですね…」


しんみりとした空気。リアの意見に、マルマも同意する。


「そんなわけで、お願いがあるの」


「はい」


「先ずは、犯人を捕まえて」


「ええ!?」


簡潔な言葉の割には難しそうな命令に、マルマはぴょんと首を伸ばして、そんな驚きの声を上げるのだった――




「時間は、監視の目が緩む、閉店間際の正午ごろ。マルマは片付けをしつつ、テントを見張ってて。私がテント裏から捕まえるつもりだけど、逃げられたら、マルマが追い掛けて」


リアの作戦である。

マルマはふわっとした身体の持ち主だが、快足の持ち主でもあるのだ。


犯人は年端もいかない男子だという事で、恐らくは7歳辺り。さすがに駆け足で負ける事は無さそうだ。



「マルマー」


時間は周辺の屋台で片付けをする者が出始めた頃。

向かいの屋台の主人と談笑をしていたマルマの耳に、驚きの一声が入って来た。


「捕まえたー」

「ええええっ」


振り向くと、家畜のウサギをひょいと手にして声を上げるかのように、思い描いていた通りの少年の背に跨って、得意気に右手を掲げる王妃の姿があった。


「離して。悪かったよ…」


やけにあっさりとした捕物劇…

驚いたマルマが急いで駆け寄ると、少年が石畳に伏したまま、観念したように言葉を発した。


「とりあえず、原因が大事。訳を…話してくれる?」


「はい…」


馬乗りになったリアが身体を傾けて顔を寄せ、少年の耳元で声を掛けると、しおらしい発言が返ってきた。心なしか、少年の頬が紅く染まっている。


「マルマ、梨でも剥いて」


その答えを聞いて背を戻し、ズレた麦わら帽子を被り直して満足そうな笑みを浮かべると、リアは爽やかな口調でそんな事を命じるのだった。




しばらく経つと、皮を剥いて皿に盛られた西洋梨を手に取って、片付けの終わった屋台袖で話を交わす、三人の姿があった――


隣の屋台の女主人は、屋台の片付けをしながらそんな一連の出来事を不思議そうに眺めていたが、べつだん、口出しするような事はしなかった。


少年曰く、最近父親に付いて仕事に出る事になったが、父親が体調を崩して仕事に出る事ができなくなった。少年は仕事を始めたばかりで、どうしたら良いのかわからない。家では父親が苦しんでいる。先ずは食料の確保をしたいが、お金が無い…盗みを働いた経緯は、そんなだった。


「マルマ…こういう人は、結構居るの?」


リアが尋ねる。

小さな頃を農村で過ごしてきた彼女は、都市部の暮らしに疎いのだ。


「そうですね…わたしたち女は、裁縫だったり料理だったりを親から…私の場合は、女中として拾っていただき、教えられましたけど…男の方は、外で働きますから…恐らく、仕事場では、経験が乏しい者は、簡単に使ってもらえないと思います…」


「なるほどね…」


この時代、子供と大人の区別は明確でなく、この少年の歳になれば、大人と同じように働きに出る事が普通であった。

現代のように、子供は大人達の庇護の下で育てる…そんな概念が無かったのである。


「だからと言って、売り物を盗むのはダメ。貧しい人は他にも居るし、売ってる人だって苦労してるの。それは、分かるでしょ?」


「はい…」


リアがキッと瞳を合わせて少年に言葉を吐くと、落とした視線の先から、小さな呟きが聞こえた。


「それに、自分の立場を言い訳にすると、どんどん、人として落ちて行くわよ」


「…そうですね」


その言葉には、マルマも同意した。


「とは言っても、叱るだけじゃ、解決にはならないのよね…そこから、どうするかが大事…」


リアは、どうしたもんかと腕組みをすると、やがて一つを、少年に授けた。


「やっぱり…困ったら手を借りよう。明日の朝、ここにいらっしゃい」




そして、翌朝。


都市城壁に隠れてその姿は見えなくとも、白やんだ空が拍手を送り、明るい日差しを舞台に招き入れようとする時刻。


前日の喧噪のご相伴にあずかろうと小鳥たちがあちこちに集う一方で、人通りのまばらなヴァレのメインストリートには、一人の少年の姿があった。


「おはよう」


「おはよう…ございます」


マルマが少年の姿を見つけると、朝の挨拶が交わされる。

言われてやってきたのは良いが、少年には、どこか怯えているような雰囲気すら窺えた。


「こいつが、言ってた奴か?」


「そう」


少年が怯えた理由…

浅黒い顔に短い金髪を載せた青年が、ぶっきらぼうに口を開く。


「試しに作ってみたんだ。ほら、ここから選べ」


男はそう言って、石畳に置くと腰の高さほどになる一枚の板を裏返して、少年に告げた。


手にした板には、釘が等間隔に打ち付けられ、その幾つかには、紐で結ばれた木札がぶら下がっている。


「仕事の内容と、日銭の額は、木札に書いてある。楽な仕事は安いし、キツイ仕事は日銭も高い。ま、当然だな。木札を持って、書いてある場所に行きな」


「……」


少年は、ゆっくりと手を伸ばすと、未熟な自分でも力になれそうな「畑仕事」と書かれた木札を手に取った。

日銭に加えて、お土産アリと書かれていた事が、決め手だった…


「この看板は、ここに置いとくから、坊主。お前みたいな奴を見つけたら、朝、ここに来るように言え。分かったか?」


「…うん」


じんわりと、瞼に涙を溜めた少年が、声を詰まらせながらコクリと頷いた。


「じゃあ、俺は現場に行くわ。坊主、頑張れよ」


短い金髪が朝の光で輝きを見せると、男は手を振った。



「ねえ…」


手にした木札を大事そうに両手で持った少年が、男の背中を眺めながら呟いた。


「昨日の女の人、誰なの?」


「…素敵な人でしょ?」


マルマの答えに、少年が小さく頷いた。


「……」


そんな少年の頭にそっと手のひらを乗せると、マルマは左で太陽の光を浴びる、ヴァレのお城を見上げるようにして呟いた。



「私の、憧れの人なの」


お読みいただきありがとうございました(o*。_。)o


拙作の本編 『小さな国だった物語~』

宜しければ読んでみてください(o*。_。)o

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