“正しくない”高学歴の社員は正しい
「――納得がいきません」
と、高学歴でその大手企業のシステム会社に入社した潤井君はそう訴えた。
相手は部長、いや、部長だけじゃなく、メールを使って彼は他の上層部に訴えたりもしていた。
それが何故かと言うのなら、高い学歴の彼はプライドを持って仕事に臨んだのだけれど、早々に打ちのめされてしまっていたからだった。
ただし、高学歴だから仕事ができると期待されての圧力に耐え切れなくなったとかそんな話ではまったくなく、彼はむしろのんびりと仕事ができていた。
否、むしろ、だからこそ打ちのめされてしまったと言えるのだけれど。
何故ならば、その彼の職場では、正社員よりも子会社から出向して来ている社員や、外部から客先常駐という形で働きに来ているシステム会社の社員の方が仕事ができていたからだった。
もちろん、それら社員と同等か、それ以上に仕事のできる社員もいるのだけど、そういった社員の割合は決して高いとは言えなかったのだった。
学歴が低い社員の方が自分達よりも仕事ができる。
まぁ、それは良い。仕事と勉強は違うもの。そーいう事もあるかもしれない。彼らの方が優秀だ。
潤井君は打ちのめされて、それを認めた。そしてその結果として、どうしても納得ができない事ができてしまったのだった。
「彼らの方が重要な仕事をしているのに、どうして給料が低いのです?」
彼がレベルの高い大学に入学したのは、その実直な性格故だった。曲がった事が大嫌い。労働賃金とは労働の対価であるはずだ。同一労働どころか、それ以上の働きをしている者達の方がどうして給料が安いのか、彼には納得ができなかったのだった。
2020年に施行された同一労働同一賃金は、飽くまで非正規社員に対してのみ適応されるもので、子会社から出向してきた社員や、客先常駐の外部社員などは対象外だ。だから重要な働きをしている労働者が低い賃金に甘んじなくてはいけないケースも多々あるのだった。
これは或いは、同一労働同一賃金を適応させるに当り、大手企業の為に敢えて残された抜け道なのかもしれない。
「納得がいきません!」
潤井君はそう訴え続けた。
もちろん、社員達から彼は煙たがられて、子会社の社員達からは心配をされた。日本の正社員は守られているから、簡単にはクビを切られたりはしないだろう。だけれども、どんな嫌がらせを受けるかは分からない。クビにする以外にも社員に圧力をかける手段はいくらだってあるのだから。
数か月後、潤井君に出向命令が下った。傘下にある企業の福祉部門。社会の高齢化で需要が増える福祉作業員の仕事だ。
「やっぱりか」
その予想できた実質的な彼への処罰に多くの外部社員は同情をした。無謀な試みだったとはいえ、自分達の為に動いてくれていた彼が辛い目に遭うのは忍びない。
ところがだ。
彼が出向した後、落ち込んでいるだろうと思って連絡を取った子会社の社員は、彼の返答に驚いてしまったのだった。
「毎日、とても充実しています!」
そう彼が述べたからだ。
実力が不足しているシステムの仕事より、世の中に貢献できていると実感できるこの仕事の方が自分には向いている。
どうやら、そのように彼は考えたらしい。
もちろん、人それぞれなのだけど、少なくとも彼にとってはそれは正解のようだった。