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ショートショート7月~2回目

作者: たかさば

「ありがとうございましたん♪」


レジのお姉さんが、熱々の肉まんの入った袋を差し出した。


「君持ってってよ、買ってあげたんだし。」

「お母さん両手空いてるじゃん!あたしめっちゃ荷物持ってるのに!!」


財布をしまいつつ、横でムチムチ…いや、ニコニコしながら立つ娘を促して、荷物を持たせようと一歩後ろへ下がった。


「この、肉まんは…重量感があるから、重くて…体の弱い、老いて体力をなくした私じゃ、持てないよ……げほ、げほ…。」

「めっちゃ大ウソつきじゃん!今の今まで二時間一緒にウォーキングしてたじゃん!!」


「ちょっと何言ってんだかわかんないですね。」


「あら、ウフフ、またいらしてくださいねン♪」


ずっしり重い肉まんは、無事娘が受け取ってくださった。

あとは一刻も早く帰宅して、熱のさめぬうちに食さねばなるまい。

やけに湿気の多い、薄暗い空の下、私と娘は新装オープンの中華料理店を後にした。


……初夏の空は、実に変わりやすい。


朝方家を出た時は、青空の端に少々のもくもく雲を見ただけだったのだが、今は頭上に青い色を見ることはできない。

間もなく、雨が降ってくるに違いない。

おお、雨よ、どうかあともう少しだけ、降るのを躊躇ってはくれまいか。


「ねーねー、何か一つくらい荷物持ってよー!」


赤信号で空を見上げて感傷に浸る私の耳に、センチメンタルの欠片もない、パワー漲る迫力のある声が聞こえてきたぞ!


「君の欲しい物ばかりなんだから、責任取って全部お持ちなさい。」


娘の手には、先ほど買った肉まんの袋と、コンビニで買ったプリンの袋、本屋で買った漫画の入った袋に100円ショップで買った駄菓子の入った袋…そして腰には折りたたみ傘とウェストバッグ。

総重量はおよそ二キロほど、全て娘が所望し、私がお買い上げして差し上げた品々である。


「だってお母さん右手空いてるじゃん!…って!両手で傘持たないでよ!!!」


なんだもう、騒がしい人だな。


「私は両手が塞がってるから、君四本目の手で持てばいいじゃん、ほら、あなたの背中に堂々生えている、何も持っていない四本目の手がそこに!!!」

「なにいってんの!!そんなのないし!!」


「見えないなら、気付けないなら…仕方が、ない…。目に見えてる二本の手で、しっかり自分の荷物持ってね!!」


お、信号変わった、緑は進め、れっつらごー♪


「お母さんがヒドイ!待ってよー!」


両手に袋を多数下げて私を追いかけ、これ見よがしに抜き去った娘の背中には……手が、二本。


そう、娘は気づいていないけれども、その大きな背中には、三本目の手と、四本目の手があるのだ。


三本目の手はしっかりと「目標」をつかんでいるので荷物を持つことはできないけれども、四本目の手は今フリーでふらふらとしている。

持とうと思えば、荷物くらい持てると思うんだけどなあ……うん、無理か。


「あーもう、変なこと言ってるうちに家に着いちゃったじゃん、も~、プンプンなんですけど!!お母さんの分も全部食べちゃお!!!」


怒り心頭で玄関を開ける娘の背後には、なにやら…ぴょこぴょこと、忙しないものがうろちょろしている。


「食べてもいいけどさあ、…健康診断が近いとか言ってなかったっけ?なるほどねえ、体重増で挑むわけですか、ずいぶんと好戦的ですね!成長期の無鉄砲、恐れ入る……。」

「なんかお母さんがひどすぎる!!!わかりました、自分の分だけでいいです!!プンプン!!」


「おかえり。」


ニコニコと私と娘を迎えた息子の背には、夢をつかんでいる三本目の手が。


「お土産あるよ!いっしょに食べよう!」

「ありがとう。」



肉まんを食べて、ウーロン茶を飲み終わる頃、キッチンから外を見たらきれいな虹がかかっていた。


「虹だ!」

「うわ、すごい、二重になってる!写真撮ろ!」


テンション高く、ウッドデッキに飛び出していく姉弟!元気いいな…。摂取栄養素が全国平均を大幅に上回っているだけのことはある。


私も、少々後れ馳せながら、ウッドデッキにむかう。


実にくっきりとした虹だ。さっきまで雨が降りそうだったのに、いつの間にか雲はどこかに行ってしまったようだ。もう雨は降らないかな?……ならば。


「ごめーん、ついで!キュウリ採るの手伝ってー!」

「へいへい。」

「はい。」


娘と息子を引き連れて、裏庭のキュウリ棚へと向かう。

我が家の家庭菜園は今年も豊作でさあ、とってもとってもキュウリが生えてきて、毎日収穫に追われているのだな。このところの雨続きで、キュウリの成長が半端なくてですね。


「全部で23本か、丸まってるのはうちで食べるとして、二本づつ袋にいれて十袋……、じゃあね、このキュウリ、今からご近所さんに配りに行くから、ハイ、手分けしてお持ちください。」


娘と息子にキュウリ袋をもたせると。


「もう持てないよ!あたし四つも持ってる、お母さん持って!!」


たかだかキュウリ八本で何をおっしゃる。


「そこはほら、君四本目の手が。」

「ないって言ってるじゃん!!」

「僕あと二つ持てそう。」


騒がしくご近所さん巡りをさせていただき。


家に帰る、途中。


娘の、背中の、四本目の手に何かが握られている事に気がついた。


「ねー、さっき藤島さんちにさあ、すごく気になるモノあったんだけど!」

「うん?気になるならその場で聞けば良かったのに。」


娘の背中の手が、握っているのは……「(えん)」か。


「だっていきなり聞いたら失礼かと思って!」


……縁を握っているから、多少無理しても、大丈夫そうなんだけどな。ほのぼのした色だから、悪いもんでも無さそうだし。


「藤島さんミニテニスやってるから、お父さんに聞いてみたら!ひょっとしたら何かしってるかも?」

「マジで!うわ、絶対聞こ!」

「なに聞くの。」


やけに盛り上がる姉弟と共に家に向かう…もう夕焼けの時間か。そろそろ晩御飯の準備を……。


「あ、お帰りー!家にカギかかってて入れなかった!早くあけてー!もれちゃうよー!」


玄関前でどすどすと足踏みしている旦那!


「お父さんお帰り!あのさあ、藤島さんってしってる?あの人……「ゴメン!まず出すもんだしてから!」」

「忙しい。」


あいた玄関ドアの向こうに向かう、旦那の背中には……しっぽと藁とあれはなんだろう、汗か。阿修羅もびっくりの手が、手が、手がー!


わりかしとんでもないもんも実に気楽に握っているな。「クズ」は手放してもらわねば困る、「甘え」もでかすぎやしませんか、自己肯定力が高すぎるのは「自信」握ってるからだな、すぐに首を突っ込むのは「積極」が悪い感じに影響していて、他には、他にはーーー!


「ふひー!でたでた!で、なに?」

「さっきまで藤島さんのところにいて……」


話す端から、何も持っていない手が伸び、またなにか握っている。


……なんと言う貪欲かつ遠慮のない手なんだ。


私は、図々しい旦那の手をはたき落とすため、自分の手を……のばしたのであった。

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[良い点] 阿修羅うまい。単純ながら強力な表現でした [気になる点] 黒い人はやくー [一言] そんなことより肉まん
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