少年の日常
日々の中で浮かんでくる頭の中の想像を形にしてみたく始めました。
正直な所、文章を作る、表現することが上手くないので、なるべく展開を早くして読みやすいように書いていけたらと思っています。
至らぬ事も多いかと思いますが、暖かい目で見守って頂けると幸いです。
たゆたうように揺れる心地よい暗闇の中。
気がつくと中心が白くぼやけてきて、波紋のようにゆっくりと広がっていく。白くぼやけた視界が段々と鮮明になっていくと、中心にある一筋の光が目を誘った。
手を伸ばせば掴めそうな、白く淡い虹色に輝く光の筋。
手を伸ばしたことは無いけれど、柔らかな光を見るといつもある人が思い出される。
今はもう霞んでしまったその柔らかな笑顔を思い、僕は再び暗闇の中へと落ちていった。
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すっと目を開けると焦げ茶の服とさわさわと揺れる鮮やかな若草色が目に入る。ゆっくりと視界を上げると空と地面の切れ目と掠れて読めなくなった石の板が見えたところで脳が働きだした。
いつの間にか眠っていたようだ。
目を擦っていると体から促されるがままに大きくあくびが出た。ふうと息を吐くと同時に涙が滲んでくる。
銀白色の木の葉の隙間から無数の光の筋が降り注ぐ中、風が優しく撫でるように黒い髪を揺らした。
(どれくらい寝てたのかな?)
立ち上がって体を伸ばすと、日が当たる数歩前に出て澄んだ空を見上げた。
太陽の位置を見ると真上より少し傾いてきたくらいだろうか。
お昼の時間は過ぎていそうなので、帰ったらアクテから何か言われそうだ。
(…少し急いで帰ろう。)
パッと振り返るとグラシアの奥、木々の茂みの隙間へと駆け出した。
山の中とは言っても街からグラシアまでの道のりはそう遠くない。山道もある程度は舗装されているし危険な野生動物が出ることも無いので、素直に一本道を進んでいけばたどり着ける。
難点をあげるとするならこの斜面。
隣の山よりは低いがグラシアのある山は決して低い山ではない。何よりグラシアまでの道は町までほぼ最短ルートになっている為、かなり急勾配な道となっていた。
少年は等間隔に埋められた細い丸太を正確に踏みながら、慣れた足取りで山を降りていく。
何度か滑って大惨事になり、しばらくの間アクテに外に出して貰えなかった事があるので、あくまでも滑らないように慎重に。
小休憩を挟みつつ20分ほど山を下ったろうか。山道より少し開けた広い道にでた。少し奥には山道と町を隔てる少し高い生成り色の塀と使い込まれた木の2枚扉。その塀の右奥に聖堂の白い建物が見える。
息が上がって少し苦しいが、急いでいるため迷わずにそのまま道を少し外れて聖堂の裏側の壁に向かう。
1番壁に近い木は登りやすいように縄で工夫してあり、そこを昇って壁に移るのだ。
塀の高さまでよじ登ったあと、いつもの枝に立ってゆっくり壁の方へ進む。
もう少しと右足を前にずらしたその時、ミシミシと木がしなる嫌な音が耳に届いた。
(まずいっ…!!)
急いで木の枝から壁へ移ろうと踏み込んだが少し遅かった。
バキッ!と大きな音をたて枝が折れた音が耳に届くと同時に、視界がカクンとズレる。
少年は咄嗟に両腕を前に伸ばした。小さな腕はドンと鈍い音を立てて塀に当たる。自身の重みに耐えきれず肘がズリっと滑った。
「っ…ぅぅっ!」
腕や肩の衝撃に一瞬息が詰まり呻き声が漏れる。
何とかして落ちずに両手で塀にぶら下がることが出来たが、次第に打ち擦りむいた両腕が焼けるような熱と痛みを訴えだした。
涙が滲んで息が乱れてくるのを無視してどこか冷静な自分が問いかける。
(同じ枝ばかり使っていたからだろうか?)
じんじんする痛みを堪えながら懸命に息を整えると、少年は目を閉じてそれに応えた。
(…いや、体重が増えたからかもしれない。)
少年は目を開け顔を上げるとすぅと息を吸った。
「…ふんぅっ!」
塀を掴んだ両腕に精一杯力を込めると自身の体がゆっくり引き上げられる。肘が曲がりきったところで塀の反対の角を右手で素早く掴み、左腕も同じく角を掴んだ。
「ぃった…ぅっ!」
傷ついた腕が容赦なく塀に当たって刺すように痛い。少年は歯を食いしばり涙を堪えながら塀に右足を引っ掛け、何とかよじ登った。
反対側には荷箱がおいてあるため登りきってしまえば後は簡単に降りられる。
腕を気にしながら荷箱の上に足を下ろすと、肩の力が抜けたのかどっと疲れが押し寄せてくる。腕の痛みも。
「…った…。」
荷箱から地面に足を着いて息を整えようとするが、痛みがあり難しい。1度裏口に目をやったあと痛む両腕を見つめた。
服は所々ほつれてしまっていて、赤黒いシミが点々と着いている。もう着れないかもしれないと思うと少年は俯いたまま顔を陰らせた。
(また、アクテを困らせる…。)
痛む両腕を抱え裏口から台所へと入ると、想像したとおりアクテが真剣な面持ちで立っていた。
淡い翠色の瞳、瞳と同じ色をした腰近くまである絹のような髪を緩く後ろでまとめている。柔和な顔立ちだが背は高くどこか人を寄せ付けない雰囲気を纏っている。
アクテは痛みを堪えた少年の顔を見ると目を見開いて急いで駆け寄ってくる。
「ユオ!怪我をしたんですか!?」
しゃがみこみユオの服を目視すると、アクテはキュッと眉間に皺を寄せる。
その表情にユオは全身を強ばらせた。心臓がバクバクと大きな音を立てて早鐘をならしだす。ユオはどうしたらいいのか分からなくて、ただ口を引き締めてアクテを見つめる事しかできない。
数分とも感じる数秒後、おもむろにアクテが目を閉じて軽く息を吐いた。
目を合わせた時には眉間の皺は消えいつもの冷静で整った顔に戻っている。
「とりあえず先に治療しましょう。昼食はその後です。」
アクテは立ち上がって「歩けますか?」と声をかけた。ユオは安堵して大きく息を吐いた後ゆっくり頷く。
アクテは1番近くにある椅子を引くと、ここに座って待つようにと言い、気持ち早足で部屋を出ていった。
ユオは言われた通りゆっくりと椅子に向かい、深く腰かけ大きく息を吐いた。
間もなく扉が開きアクテが入ってくると、予備のシャツを向かいの椅子にかける。
「痛かったら言ってください。」
そう言いつつシャツを傷に当たらないようにそっと脱がせる。
両腕を前に出すように言われ、さっと傷の様子を見たあとアクテがズボンのポケットからファヴールを取り出した。
ファヴールとは、グラシアが落とす丸みのある柔らかな白い光を帯びた木の葉のことで、町では主にケガの治療に使われている。そしてそれを使えるのはユオの知る限りアクテただ1人だ。
「すぐ済みますので、もう少しそのままで。」
そう言いながらファヴールを左手の平に持ち、ユオの腕にかざすとアクテは目を閉じた。
するとアクテの掌から淡く輝く無数の白い粒がユオの腕にふわふわと降り注ぎ傷口に広がっていく。
「わぁ…!」
ユオは思わず声をあげた。
痛みと熱がすぅっと引いていき、傷も見る見るうちに塞がっていく。そして、光が消える頃にはまるで何も無かったかのように両腕は綺麗に治っていた。
アクテは失礼と声をかけてユオ腕をそっと掴んで確認すると顔を上げた。
「動かしてみてどこか違和感などはありませんか?」
腕や手を軽く動かしてみるが特に違和感はない。本当に元通りだ。
「大丈夫。」
アクテを見ながら頷くと、アクテは少し微笑んで目伏せててすっと立ち上がる。目が合うとまたいつもの真顔に戻っていて、真っ直ぐにユオをみて口を開いた。
「それで、何故遅くなったのか教えて頂けますか?」
突然の質問にドキリと心臓が跳ねる。相変わらず切り替えが早い。
「えっと…、気づいたらグラシアの所で寝ちゃってて…。」
言い淀んだ声がだんだん小さく萎んでいく。
グラシアの場所は神域なのでこの町の人はあまり近付かない。それこそユオのように子供が興味本位に近づくくらいだが、それも聖堂横の門扉を通らないと行けないので、直ぐにバレてしまうのだ。
アクテは変わらぬ真顔でユオを見つめていたが、ユオの言葉が止まるとまた少し顔をしかめて小さく息を吐いた。
その表情にまた不安と緊張が駆け巡る。
「…ごめんなさい。」
咄嗟に小さな声で呟いていた。
自然と体が縮こまり顔が上げられない。
覚悟を決めたようにギュッと目を瞑って口を開こうとした時、ポンと頭に手を置かれユオは弾かれたように目を開ける。
その手の意味が分からなくて動けない。でも、同時にその手がとても温かく感じて、自然とユオの強ばっていた体の力が抜けていった。
「そろそろ服を新調しようと思っていたので良い機会です。昼食の後少し町を回りたいのですが、ユオはどうしたいですか?」
ユオがゆっくり顔を上げると、アクテはいつもと変わらぬ真顔のままだった。
(…嫌われてない、のかな。)
そう思うと安心したのか自然と頬が緩む。
また自分のモノのを見繕ってくれるのは素直に嬉しいかった。
「…行きたい。」
真っ直ぐアクテの目を見てそう述べると、アクテはふっと優しく微笑んで頭を撫でた。
「では、昼食にしましょう。」
言い終えるとアクテは換えのシャツをユオに渡して昼食の準備にとりかかった。ユオも椅子から降りてシャツを着ると、手伝いはじめる。
途中チラッとアクテがユオの方を見て苦笑するが、ユオは気づくことはなかった。
食事を済ませた2人は手早く出かける準備を済ませると、各自部屋から出てきた。
お互いの目が合うとアクテがゆっくりと歩き出しユオが後ろに続く。
大人が2人がすれ違える位の廊下、聖堂の間の扉の前で急にアクテが立ち止まった。ユオは止まりきれずボフっと音を立ててアクテの足にぶつかる。
驚きつつ急いで後に下がって視線をあげると、いつの間にかアクテはこちらに体を向けてユオを見下ろしていた。
疑問に思いつつそのまま見つめていると、アクテが腰を下ろし真っ直ぐにユオを見すえて口を開いた。
「ユオ、私と以前に街を回った時の事を覚えていますか?」
ユオは少し目を伏せながらこくりと頷く。
ユオがここに来てすぐ必要な服や日用品を買いに、アクテに街の中心地付近にある小さな商店が集まる場所に連れて行って貰ったことがある。
あの時は何が何だかよく分からないまま、とりあえずアクテの後ろをついて回っていた。自分が街の人達の冷ややかな視線を浴びて酷く緊張した事もあり、あれ以来街の中を歩く事はしなかった。
ユオの表情がだんだん暗くなっていくのを、アクテは見ながら言った。
「今回は服を購入…揃えるだけですから、すぐに済みます。」
またあの視線を感じるのかと気が重くなるのを感じながらアクテの言葉に小さく頷いた。
「では行きましょう」
そう言って立ち上がるとアクテはユオの前にゆっくり右手を差し出した。
ユオは一瞬意味が分からずそのまま手を見つめる。
前回の買い物では手を繋ぐどころか、アクテに置いてかれそうになり着いていくのに必死だった。
それが今回はアクテの方から手を繋いでくれるようだ。
「…手を出しなさい。」
アクテが焦れたのかいつもより少し小さな声で言う。
戸惑いつつも左手で出された手を掴むと、アクテの手の温もりが伝わってくる。
「えへへ。」
その温かさが嬉しくて思わず声を出して笑うと、アクテは少し驚いてユオを見たあと優しく微笑んだ。
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