番外3−3おまけ『マルコシアスの貴重なデレ』
「意外でした」
アリギラさんが帰った後、私はそうマル君に切り出した。
返事はない。あまり会話を膨らませたくはないみたいだ。それでも私は気になったので勝手に続けることにした。
「マル君のことだから、ハロルドさんにお願いされたら最期までずっと傍にいるものだと思っていました」
「……リン」
抗議の目を向けられる。これは本気で答えたくないとみた。仕方がない。ここらへんで切り上げるか。
私が会話を閉じようとした瞬間、ハロルドさんがすっ飛んできて「その会話僕も混ぜて!」とマル君の腕を掴んだ。
「混ざるも何ももう終わりだ。話すことはない」
「じゃあ今から強制再開ね。なんで駄目なんだよー」
マル君の甘やかしに慣らされてしまったハロルドさんにとっては死活問題。ちょっと世間話を程度だった私と違い必死の形相だ。まぁ、いくら親友相手といっても看取ってくれはちょっと重たいかな。マル君の気持ちもわからないではない。
「答える義理はない」
「マル君」
「もうこの話は終わりだ。さっさと持ち場に戻れ」
「……そうだよね。僕たち人間は君たち魔族と違って歳を取ったら身体も衰えてだんだん動けなくなってくる。介護しろなんてさすがに言えないし。――うん、いいよ。僕の身体が動くまででいい。身体が動くならまだ多少君とも張り合えるし。それまでなら、傍にはいてくれるんでしょ?」
高位の魔族であるマル君の傍にいるためには、彼に認められるだけの能力が必要。ハロルドさんはそう考えて期限を設けたのだろう。逆を言えば、その期限までは必ず傍にいてお世話してもらうぞ、とも取れる。
マル君のことだからそれくらい気付いているはず。彼は目を細めて観念したようにハロルドさんの頬を指ではじいた。
「痛い! それも駄目なの!?」
「……お前が死ぬ直前までは傍にいてやる。それでいいだろう」
「直前? 直前って……直前?」
ハロルドさんと私は揃って首をかしげた。
息を引き取るギリギリまで傍にいてくれるって事だろうか。普通逆では。日本では死に目に会えないのは不幸だと考え、皆何とか最期を看取ろうとするものだけど。
この世界では逆なのだろうかと考えたが、ハロルドさんの反応を見る限りそうではないらしい。どういうことだろう。
「分からん奴らだな」
「いやわかんないよ。どういうこと?」
「だからギリギリまでは傍にいてやると言っているんだ」
「えぇ、そこまで一緒にいてくれるんなら最期までいてよ、ケチ」
ケチって。そういう問題なのだろうか。気になることはとことん追求してしまうハロルドさんのことだ。納得する答えが返ってくるまで話してもらえないぞマル君。どうするマル君。――なんて、私が心配するまでもなく分かっているだろうけど。
彼はため息をついて私たちから顔を逸らした。
「……最期を見なければ、死んだと実感しないだろう。もしかしたらまだどこかで生きているかもしれない。そう思いこめる」
「いやいやそんなわけ……あ」
マル君は髪が短いから耳が隠れない。真っ赤に染まったそれを見て、ようやく彼が冗談でもはぐらかしているのでもないことを知る。というか、照れているマル君なんてとても珍しいのですが。基本表情筋が動かないもの。正面に回ったら怒られるかな。怒られるよね。
私の葛藤とは裏腹に、ハロルドさんは「馬鹿だなぁ」と言いながら自然と正面に回りこんでいた。こういうとこ、ある意味尊敬するわ。羨ましくはないけれど。
「君って意外と寂しがり屋だよね」
「うるさい、傍にいてやらんぞ」
「えぇ、それは困るなぁ」
ハロルドさんはマル君の頭をぐしゃぐしゃと撫ではじめた。なかなかに乱暴な手つきだったため、狼の耳がひょっこりと顔出す。しかしそれすらもまとめてわしゃわしゃと撫でるので、マル君の頭が大変な事になってしまっていた。ご愁傷様です。
シュレディンガーの猫――というには結果が偏りすぎているけれど。死を認識しなければ生きている確率はゼロではないと自分を無理やり誤魔化せる。
なんだ。やっぱり私が思っている以上に彼らは仲が良くて、お互いを大切に思っているらしい。
「や、め、ろ! ――ったく、納得はしただろう。だからハロルドも、リンも、絶対に俺を葬式などには呼ぶなよ。出てやらんからな!」
「え、私もですか?」
意外に思って声を上げたら、軽く睨まれてしまった。マル君のデレなんて貴重すぎる。むしろ初めてだ。
「ほら、いつも言ってるでしょ。マル君は可愛いって」
「ようやく理解しました。ハロルドさんはいつもこのデレを浴びているんですか?」
「僕だってたまにだよ。たまに」
「おいそこ何をこそこそ話している!」
ふらっと近づいてきたハロルドさんと小声で話していたら、マル君から押し殺すような怒号が飛んできた。何も知らない人が見たら脱兎のごとく逃げるだろう威圧感だ。でも私たちには照れ隠しにしか見えず、顔を見合わせて笑ってしまった。マル君の耳なら私たちが何を言っているのかくらい聞きとれたはずだ。
「ごめんごめん。謝るから許してよ」
「では今日の皿洗いを代われ。それから風呂の後のブラッシングは念入りにだ。ふわっふわにするまで寝させんぞ」
「はーい。ふわっふわだね。鋭意努力いたしますよ。――……でもさぁ」
いつものからかうような口調ではなく、穏やかで、諭すような声だった。
「やっぱり最期がくるなら僕は君に傍にいてもらいたいよ。むしろ君一人で良い。運命の出会いなんて信じてないし、リンやジーク、ライフォード、一応アデルや王子とかも? もちろん聖女様たちだって、笑っててもらいたいじゃない? 最期に見るのが悲しい顔なんて嫌だし。ほら僕、湿っぽいの嫌いだからさ。でも――」
彼は清々しいほどの笑みを浮かべた。
「君の泣き顔だったら、最期に見たいかも」
「――ッ」
マル君は一瞬目を見開いたが、すぐさまいつもの無表情に戻るとハロルドさんの頬を抓った。それも思いっきり。人間の頬ってあんなに伸びるんだと素直に感心してしまうくらいの全力だった。ハロルドさんの悲鳴が店中に響く。
あれ痛い。凄く痛い。でも自業自得なので甘んじて受け入れれば良いと思う。
「いひゃ、いひゃいっへ! まりゅひゅん!! ひひゃい!!」
「……お前のそういうところが嫌いだ」
マル君はハロルドさんから手を放すと、まるで湖に落ちるかのようにとぽんと影の中に沈んでいった。どうやら随分怒らせてしまったようだ。――いや、悲しませてしまったと言う方が正しいか。
「お互い長生きしなきゃですね、ハロルドさん」
「そうだね。僕が思っている以上に、マル君ってば寂しがり屋みたいだし?」
「ちゃんと謝るんですよ? ……しばらくは許してもらえないと思いますけど」
「え? そんなに? 一日謝り倒そうと思ってたんだけど足りない?」
「私の見積もりで行くと……一週間?」
「……マジで?」
ハロルドさんは頭を抱えているが、正直一週間でも足りるかどうかだ。
あの様子じゃあ、しばらくお店にも顔を出してくれなさそうだし。その分、ハロルドさんにはガンガン働いてもらう予定なので問題はないけれどね。それよりも、ガルラ様にこの事がばれないよう隠し通す方が大変だ。ハロルドさん対ガルラ様の全力決闘なんて見たくないですよ、私は。
床に向かって「マルくーん! 僕が悪かったから出てきてよー! どこが悪かったか全然わかんないけど謝るからさー!」などと叫んでいるハロルドさんを見て、私は盛大にため息を零すのだった。それ、全然謝ってないですからね。
これは一週間じゃあ全然足りないな。そう思った私の勘は正しかったようで、ハロルドさんがマル君に許されたのは一カ月も経った後だった。
一旦完結表記にしておきます。
もしまたなにか書きたいものがあればその時限定で再開しようかなと。
ここまで読んでくださりありがとうございました!