番外編2『ハロルドが第二騎士団団長をしていた頃の話』
活動報告にのせているSSです。
現第二騎士団長、アデル・マグドネル。
彼は青みがかった黒髪に、大きなミントブルーの瞳が印象的な青年だ。
二十代は越えているが、それを感じさせないほど幼い容姿をしている。そのせいでからかわれる事も多かったが、団長に就任してからは軽口をたたいてくる人間は減ったように思う。
これは、彼は第二騎士団の副団長だった時の話である。
「なぁ、アデル。お前はどの団長派?」
「あのな……」
男の問いに、アデルはふん、と鼻を鳴らして顔を逸らす。
自分は副団長。彼は同期とは言え部下だ。気安すぎないか、と常々思っているのだが――何度言っても直らないので、最近は注意するのも面倒になっていた。
「まぁまぁ、副団長になったんだし? うちの副団長様は誰派かなぁって」
「誰派、だって? 実質どっち派、だろ。その質問」
完璧な王子様に見えて、その実規律を重視する真面目で威厳のある、第一騎士団団長ライフォード。
朝帰りが多いという噂や、軽率そうな雰囲気はあるものの、優しくて団員を大切にする第三騎士団団長ジークフリード。
彼らは人気があり、どの団長派か、なんて話題は騎士団の中でもたびたび話の種になっていた。
それは第二騎士団でも例外ではない。
ただ、第二騎士団の場合、他の団とは違って自分たちの団長を挙げる人間はほぼ皆無であった。
それもそのはず。
だらしなく肥え太った身体に、自由奔放すぎる性格。騎士団の仕事より自らの研究を優先する姿勢。どれをとっても尊敬とは程遠い人物だ。
「ライフォード様でもジークフリード様でも、どっちでも大差ないだろ。あの二人の場合、自分の性格とか、そういうのでどっち派かガラリと変わる。好みの問題だ。でも――」
顔をしかめて、男を見る。
「身体も性格もふてぶてしいうちの団長だけは無い。絶対にね」
アデルは思っていた。魔法の腕と自分を副団長に任命した事だけは認めるけど、まぁ、オレは優秀だからオレを副団長に任命しないわけがない。こんなの当たり前であって、尊敬も感謝もしないよ。魔法の腕だってすぐに抜かしてやる、と。
なので数日後「今、ちょっと僕忙しいから、団の事はお前に任せるよ。ただ、面倒そうな案件があったら僕に相談する事。いいね?」というハロルドの話に、アデルは自信満々に「ええ。任せてください」と頷いたのだった。
彼に相談する事など何もない。
どんな案件であろうと、自分がいれば何事も上手くいく。むしろ団長より上手くやってみせる。
アデルは慢心していた。
団長の役目など容易いと。
――ああ。だからこれは、全部オレが悪いんだ。
ある日、団長代理として、上からマーナガルムの森の調査を命じられた。ハロルドの言いつけを守るのなら、彼に相談して向かうべきだったのだが、アデルはそれをしなかった。
彼に相談しても意味がないと思っていたからだ。
あのちゃらんぽらんを連れて行ったとしても、森を破壊する事くらいしか役に立たないはず。だったら、相談する意味など無い、と。
更に彼は、手柄を欲張って最奥の結界内に入ってしまった。
最奥は、星獣マーナガルムに配慮してあまり調査が進んでおらず、新たな事実を持ち帰る事が出来れば周囲から認められる、と考えたのだ。
あの面倒事しか運んでこない団長に変わって、自分が団長になれるかもしれない。
そんな打算もあったのだろう。
彼の魔法の腕は一級品だった。ゆえの慢心だ。
彼には圧倒的に経験が足りなかった。
魔物とは、ただ単に攻撃性があるだけではない。相手を行動不能にしてじわじわいたぶる性質のものもいると、彼は知らなかったのだ。
全身がびりびりと痺れるような感覚。
指を一つ動かすことすら億劫なほど、身体の自由がきかない。自分の浅はかさに泣きたくなった。でも泣いている余裕なんてない。
――オレが何とかしないと。オレの独断でこんな事になった。オレのせいなんだから、オレが……オレが、皆を守らなければ。
第二騎士団の面々は、アデル以外全て昏倒させられている。
彼は霞む視界の中、目の前の魔物を睨みつけた。
自分の身を犠牲にしてでも、団員たちを守りきる。それが、最低限のけじめだ。
しかしアデルが覚悟を決めたその瞬間、目の前の地面が淡く輝き出した。まるで文字を書くように地面に浮かび上がっていくのは魔法陣。
「これは……転移……魔法陣? ……まさか、だん、ちょう?」
ふわりと風が舞って、魔法陣の中から男性が現れる。
緑を基調にした、第二騎士団の騎士服。マントをはためかせ、男性は黄金色の瞳をすりと細める。
「全く、魔法陣を設置していない場所だと魔力けっこう持っていかれるんだよね。まぁ、僕からしたら微々たるものだけど。しっかしさすが僕。目算だったけど、良い場所に出るじゃん。完璧完璧!」
「え?」
おかしい。
あの騎士服の着用を認められているのは、各団の団長のみだ。
第二騎士団の団長はハロルド・ヒューイット。ボールみたいな体型をしている、肥満気味の男のはずだ。
だが目の前にいるのは、すらりとした体躯の美青年だった。
つかみどころない雰囲気だけは似ている気がしなくもないが、それ以外は全くの別人である。
彼は誰だ。
「大方、ヘルナー辺りを真っ先に潰されたんだろう? 状態異常系はあいつの特技だし」
「だ、誰……?」
「ああ、急いでたから幻術かけ忘れたかな。……まぁ、良い。アデル、お前は僕の副官だからね。知っておいても良いだろう」
「どう……いう?」
まだ分からないの、と青年がアデルの方を向いた。
それは魔物に背後を見せる行為だ。
「あぶなっ」
アデルが声をあげる前に、魔物の攻勢が始まる。
しかし、目の前の青年は特に慌てる様子もなく、次々と魔法陣を構築し、寸分の狂いなく全ての攻撃を弾き返していた。それも、後ろを向いたまま。
類稀なる魔法の才能。
こんなことが出来る人間を、アデルは一人しか知らない。
「はろるど、だんちょう?」
「他に誰がいるっていうんだよ」
彼に頼っても意味はない――そう考えていた己を思い出し、羞恥でぶわりと頬が熱くなる。ハロルドの顔を直視できなくて、歯を食いしばりながら俯いた。
魔物と対峙するのが怖い。
何をしているんだと叱咤されるのが怖い。
彼がいなければ壊滅していた事実が怖い。
なにより、自分の未熟さが怖かった。
しかし、ハロルドは彼の顎をぐいと掴むと、無理やり上を向かせた。
「恐れるな。前を向け。大丈夫だ。ここには僕がいる。あんな魔物くらい、すぐに片付けてやる。だから、ちゃんと前を向いて、よぉく見ておけ。全てがお前の経験になる」
黄金の瞳に吸い込まれるように、恐怖が掻き消える。
不敵に笑ったその顔は、今まで見た何よりも安心を与えてくれるものだった。
「ってことで。片手間に相手をして悪かったね。ここからは本気で行かせてもらおう。後悔する暇など与えない。一気に決めてあげるよ」
くるりと踊るように魔物へと向きを変えるハロルド。
「第二騎士団団長、ハロルド・ヒューイットの実力、とくとご覧あれ、ってね!」
* * * * * * *
「――っと、よしよし。これで全員異常状態から回復したかな」
有言実行とはよく言ったもので、ハロルドは宣言通り魔物を一瞬で消し飛ばした。そして地面に転がる団員たちの異常状態解除までテキパキと終わらせてしまった。
様々な魔法適性があるとは知っていたが、本当に何でもできるのかこの人は。
どうせ広く浅く、一つの魔法も極められていないと高を括っていたが、改めなければならないかもしれない。
攻撃魔法をぽんぽんぶっ放す姿しか知らなかったので、侮っていた。
「ハロルド団長、オレ……」
「なぜ僕に断わりもなく団を動かしたのか。そしてこの有様はなんだ。――いろいろ言いたい事はあるけど、今はやめておく。お前も反省はしているんだろう? 手遅れにならなくて良かったよ」
「すみ、ません……」
唇を噛んで俯くと、ハロルドはぽんぽんとアデルの頭を撫でた。
「自信は無くすなよ」
「え?」
「自信は無くすな。こんなの、対策さえ練ればどうとでもなる。お前はまだ経験不足だからね。失敗の一つや二つして当然だよ。でも、自信だけは無くすな。なんてたって、この天才魔導騎士ハロルド・ヒューイットが副官に選んだんだよ? 僕は、お前のその根拠のない自信、けっこう気に入ってるからさ」
ぱちん、と片目を閉じて彼は立ち上がった。
「じゃ、僕は一足早く王都に戻るよ」
「で、でも」
「この場をまとめて帰ってくるのはお前の仕事だろ? まぁ、通りがかりのイケメン魔導師に助けてもらいましたーっとでも言っておくといいよ」
彼の足元が輝き始める。
手柄、なんて彼にはどうでも良いのだ。副団長の独断専行を察し、窮地に駆け付け皆を守った団長。その事実を知れば、団員は彼を見直すだろう。
ただ、アデルの評判が落ちるだけ。
意図して配慮してくれたのか。はたまた、面倒だったから後始末を押し付けられたのか。
「ははっ、敵わないなぁ。もう」
アデルは周囲に土魔法で結界を張り、団員が目覚めてから急いで森の調査を終えた。
* * * * * * *
「あ、そういえば、まだ聞いてなかった。アデルは結局どっち派なんだよ。ライフォード様? ジークフリード様?」
ある日の昼下がり。
またもや同期の男がアデルに質問してきた。前回の時はどちらも選べず答えを濁したが、今ならば即答できる。
アデルは胸を張って、ふふん、と不敵に微笑んだ。
「僕は断然、ハロルド団長派。彼に選ばれた副官として、当然だろ?」
「え。でもお前、ハロルド団長だけはないって。あれ? ってか、あの人のどこが……」
「お前、まだまだだね。第二騎士団っていう自覚が足りてないんじゃないの?」
頭に大量のハテナマークを浮かべている男を尻目に、アデルは歩き出した。
「アデル、どこ行くんだよ?」
「決まってるだろ。ハロルド団長のとこだよ」
「え? でもあの人、さっきからライフォード様が探してるって言ってたけど。どこにいるのか分かるのか?」
アデルはもちろん、と頷いた。
ハロルドの行きそうな場所は全てリサーチ済み。時間帯で細かく分けて分析しているので、今現在どこにいるかなど手に取るように分かる。
イレギュラーな出来事でもない限り、彼を見つける事は、副官であるアデルにとっては朝飯前となっていた。
「団長の居場所も分からないようじゃ、副官失格だからな!」
「お前、変わったよな」
「優秀になった、と言え」
それじゃ、と男に別れを告げ、アデルはハロルドの下へ急ぐのだった。
おまけ
(その後)
「団長! ちょっと聞きたい事があるのですが!」
「んー? はいはい、ちょっと待ってて。――っとお待たせ。よくここが分かったね」
「団長が行きそうなところは全てリサーチ済みです。時間帯とかで細かく分類してますから、まぁ、だいたいどこにいても分かりますよ。イレギュラーがない限り」
「うわぁ、優秀な副官で僕ビックリ」
「まぁ、オレにかかればこんなの楽勝です。なんたってオレですから!」
「あはは、やっぱりお前のその自信、僕は好きだよ」