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番外編1『マーナガルムの森で大変になった時の話』(24話辺りの話)

書籍版一巻発売記念SSです。



 これは、マーナガルムの森で食材採取をしていた時の裏話である。


 市場では手に入らない面白い効果のある食材が隠れていないか調べるため、リンはハロルド、ジークフリードを伴ってマーナガルムの森を散策していた。


 彼女の持つ、食材のステータスを見る能力は口にしないと分からない、という欠点がある。そのため、彼女は気になる食材――もとい植物など食べられそうなものは片っ端から口に放り込んでいた。

 そして。


「おい、ハロルド! これは一体どういう状況だ!」

「さっき食べたキノコの効果だと思うよ。見た事のない模様してたし、この森独特のものかも。副作用がきっついやつなのかな? 食材にはならさそうだよね」

「そんな事はどうだっていい! さっさとリンの治療を!」


 焦点の合わない瞳でぼんやりと地面に座り込んでいるリン。

 彼女を支えるように肩を抱くジークリードは、魔物にすら見せた事のないような鋭い視線で、ハロルドを捕らえていた。


「って言われても。回復魔法だって万能じゃないんだよ? 効果を打ち消すには、まずどんなマイナス効果が掛かっているか分からないと、対処しようがないし」

「どんなマイナス効果か? ……分かった。調べてみよう」


 ジークフリードはじ、と彼女を見つめる。しかし、反応は返ってこない。

 いつもなら耳まで真っ赤にして「近いです!」と、顔を逸らされるはずだ。これはこれで新鮮ではあるものの、やはり喜怒哀楽とコロコロ表情を変える彼女の方が魅力的である。


 一刻も早く元に戻ってもらいたい。


「リン、返事は出来るか?」

「……はい」

「気分はどうだ? おかしなところはあるか?」

「……なんだか、頭がふわふわしていて……、何も考えられない感じです」


 何も考えられない、か。

 これはどういった症状に当てはまるのだろう。


 ジークフリードが頭を悩ませる隣では、ハロルドが興味深そうにリンの様子を注視していた。

 いつもの飄々とした笑みは消え失せており、天才と呼ぶにふさわしい頭脳をフルに回転させ、解決策を模索しているようだ。


「ねぇ、リン」


 数点、ジークフリードがリンに質問をしている姿を観察したのち、彼はおもむろに口を開いた。


「君が失敗作だと言って食べさせてくれなかったあれ。勝手に食べたの僕なんだよね。確かにあんまり美味しくなかったよ」

「真顔でいきなり何を言い出すんだ、あなたは」


 呆れ顔のジークフリードに対し、リンは微かに眉をひそめた。「失敗作なんで、絶対に食べないでくださいね! 後で私の胃袋が責任をもって処理しますので!」ときつく言われていた料理だったのだが、ハロルドはついつい好奇心で手を出してしまったのだ。


 普段なら「二人しかいない店なんですよ? 犯人くらい分かってますってば。仕方のない人ですね」などと、呆れつつも直接的な罵倒をせず、言葉を濁す彼女だったが、今回は違った。


「知っていましたよ。どうせ私が怒らないとかって思っていたんでしょう? 酷いです。絶対駄目だって言ったのに。ハロルドさんってば、いつもそう。貴方の無茶振りにも慣れてきましたが、それはそれ。いい年なんですから、もう少し落ち着いてください。店長でしょう? 責任者なら責任者らしくすべきでは?」

「…………え」


 頭が回っていない、というわりには流れるように出てくる文句の嵐。さすがのハロルドも目が点になった。

 予想はしていたが、予想以上に彼女の言葉は鋭い切れ味をしていた。心が痛い。


 ハロルド自身、確かに自由気ままに生きているという自覚はある。しかし、ライフォードやジークフリードに言われてもかすり傷一つ負わなかったというのに、なぜだかリンに責められるとショックを受けてしまう彼がいた。


「あと、部屋に本が散乱していて足の踏み場もないのはどうかと思いますよ。たまに整理しているみたいですが、数日で元に戻りますし。とにかく汚いです」

「……リン」

「それから――」

「リン、それ以上は駄目だ。そろそろ止めてやってくれ。ハロルドが今までに見た事のないような顔をしているんだ……!」


 ぼんやりした表情の彼女は、「はい。ジークフリードさんが言うなら」と素直に頷いた。


「大丈夫か、ハロルド」

「……あんまり、だいじょうぶじゃない……」


 ハロルドは殊更重たいため息をついた後、近くに生えていた木に身体を預けた。しかし、力が入らないのか、ずるずると幹をつたって地面に座り込む。


「僕、もっとしっかりしようかなぁ」

「するかしないかで言うと、した方が良いと思うが。……リンの症状、分かったか」

「お前も素直だね。症状は……んー、なんとなくだけど」


 ハロルドはむっと唇を尖らせる。


「でもさ。僕だけ文句言われるの、酷いと思うんだよね」

「は?」

「というわけで、リン。ジークの事どう思ってる?」


 自らの考えが正しければ、彼女はきっとジークフリードを褒めちぎるだろう。


 ハロルドであったならば有頂天になりかねないが、意外や意外、あの男は褒め慣れていない。

 先程のように口を挿めないほど滑らかに紡がれる褒め言葉に、赤面するといい。褒め殺しの意趣返しだ。


 リンはジークフリードの顔をじ、と見つめた。


「まずは凄く綺麗な顔立ちをされていると思います。きりっとしつつも、優しげな眼差しが素敵です。騎士団長時の撫でつけた髪形も好きですが、私服時も最高です。燃えるような赤髪、いつも綺麗だなって思っています。とにかくカッコいいです」


「リ、リン? その、褒めてもらえるのは嬉しいのだが、少し褒めすぎではないだろうか?」


「ライフォードさんとは違って服のボタンを開けたりして、ラフそうに振る舞っていますが、実際は真面目で他人の事をよく考えている優しい人です。素敵です。あと、見た目に反して照れ屋で控えめなところが可愛いです。容姿も完璧なら性格も完璧なんてずるいです」


「も、もう良い。もう良いから! ハロルド! どうなっているんだ!」


 耳まで赤くして慌てだすジークフリードの様子は面白かった。面白かったのだが、ハロルドは心から楽しめないでいた。


 それもこれも、リンの対応の差だ。


 ハロルドは文句の羅列。しかし、ジークフリードは滝のように褒め言葉が流れてくるのか。


「これ、たぶん、本音しか言えなくなるキノコだよ。っていうか、僕の時と違って褒めちぎりすぎじゃない? もっと僕の事も褒めてくれても良くない? 僕、褒めないと伸びない子だよ?」


「いい歳なんだから子じゃないと思います」


 すぱっと切り捨てたリンの言葉に、「正論が痛い」とハロルドは地面に転がった。


「おい! 転がっている場合じゃないだろう! 原因が分かったんだから、リンの治療を!」

「もう少し褒められていればいいんじゃないかなぁ。身体的な害はなさそうだしぃ」

「もう色々限界なんだ! 頼むから治療をしてくれ!」


 更にジークフリードを褒めちぎろうとするリン。気力を失ったハロルド。とにかく照れまくるジークフリード。


 しばらくの間、現場は混迷の渦に巻き込まれたのだった。



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