8.大冒険の終幕
エムリス君無事帰還です。
倒した魔物達の換金部位を剥ぎ取り、荷車に乗せて森を出てギルドへ向かう。ギルドは、いつも買い物に出かける街の森側の最端にある。
俺はギルドまで2kmほどの道を歩き、マリと共に考える。
マリの能力。
そして、その能力を使って自分が出来得ること。
マリに魔法行使を委ねることによって得られるのは、感覚やイメージと言った抽象的な、あやふやなものによらない魔力制御だ。つまり、数値によって完全に制御された、機械的な魔力操作が可能になるということだ。
今までの魔法の根本は、"魔力によるイメージの具現化"にあった。しかし、マリに魔法行使をさせた場合、イメージと具現化の間に数値化、高速演算が挟まることになる。例えば、俺の魔力強化の場合、身体が持たなくなるスレスレの強化を、集中力を伴わずに長時間維持することが可能になる、ということだ。そこに集中力を割かないで良くなるぶん、戦略の思考や攻撃への対応に集中できることになる。これは、魔法を使っての近接戦闘を主な戦闘スタイルとしている自分にとってはかなり大きなアドバンテージになる。
初めて魔力強化を習得したときに似た感覚だ。無属性魔法しか使えなかった俺には、新しくできることが増えるという経験は、なかなか訪れない。だが、その分、自分の戦略の豊富さへの欲求はおそらく他の誰より大きい。夢が広がる。
そんなことをあれやこれやと議論していると、気付けばもうすでにギルドの前にいた。
ギルドのエントランスから入ってすぐ右に、魔物素材総合買取所がある。狩りをするようになってからは、いつもここで素材を換金している。ここには毎日のように素材換金で足を運んでいるので、もうすっかり常連客になってしまった。今日いる受付嬢は1ヶ月ほど前に就任した新人のアリシアさんだ。
「いらっしゃいませー!って、えぇ!?」
「アリシアさん、遅くなったが今日も素材買取をお願いしたい。」
「買取って…エムリスさん、凄い怪我ですよ!?先に手当したほうがいいんじゃ…いや、それより先にアインさんに連絡を…あわわ…どうすれば…」
完全に忘れていたが、今俺は怪我人だった。ここまで歩いて帰ってこれたのも不思議なくらいには失血している。気付けば、目の前がぼやけ、視界が揺らいでいく。マズい、完全に気が抜けた。
その次の瞬間、目の前が真っ暗になる。
『警告です。これまでアドレナリンで抑えられていた中度の貧血症状が出始めています。これ以上の行動は更なる症状の悪化に繋がりますよ』
『確かにな…もう限界だ。』
ドサッーーー。
その次の瞬間、足から力が抜け、俺は前のめりに倒れた。
「キャー!どうしましょう、私がなんとかしないと…マニュアルを…えと…えと…あーもう所長ーーーーー!!!」
アリシアさんが慌てふためいているのが聞こえる。
『アリシアさん、今後大丈夫かな…』
そんなことを考えていると、意識が途切ていた。
目が覚めると、俺はアインにおぶられていた。
少し冷たい風が頬を撫で、少しづつ体力を奪っては去っていく。
しかし、アインの体温が、それ以上の温もりを供給する。
空は、清々しいほどに晴れた、星が落ちそうな夜だった。
「お?起きたかい?懐かしいね。僕らが出会ったときもこうしておぶっていたっけ?ハハ…」
「アイン…すまない…少し無茶をしてしまった。心配をかけた。」
「なぁに、君はもう冒険者なんだよ?少しの無茶くらい当たり前さ。生きて帰ってこれたことは冒険者としての栄誉さ。お疲れ様。」
「ああ。ありがとう…」
「あとで、よく聞かせてくれよ。君の冒険の話を、さ。」
「ああ。今日は話が長くなる。」
俺はアインにおぶられながら、もう一度空を見上げる。
「ありがとう…」
特に意味はないが、呟いた。
いつにも増して鮮明な月光は二人を包み、薄らに影を落としていた。
2つの影に境界はなかった。
家につき、俺が狩ったワイルドボアから剥ぎ取った肉でのステーキだった。
この疲労度でステーキはキツいと思ったが、ワイルドとかいう割に肉は臭みは少なく、油もしつこくない、あっさりした肉だったので、割と大丈夫だった。
「で?一体こんなにボロボロになって、どんな大冒険だったんだい?」
「あのさ…
…………
俺はアインに今日起きたことを全て話した。
叡智の森の地下に潜む封印施設のこと。そこに封印されていた自称"前文明の叡智の結晶"さんのこと。そしてその能力と可能性のこと。
…………。」
一通り話を終え、少しの沈黙をかき消す様に、アインが言う。
「それはまた、凄い冒険だったね。でもきっと君は、遅かれ早かれマリさんを見つけていたと思うよ。完全に僕の勘だけどね。やっぱり、君は世界を変える。そんな気がするよ。」
「正直もっと驚くと思っていた。パニックになるのも怖いし、黙っていようとも思っていた。」
「僕もブランクはあるけど冒険者だからね。命を張った冒険者の帰還は、必ず賭けたリスク以上のものを連れてくるのさ。」
「なるほどな。ところで、アインはどう思う?」
「ん?どう思うって…何をだい?」
「マリの能力を使って俺ができること。そして可能性。」
「僕は、マリさんの能力の中でも、【能力開発】に惹かれるかなぁ…。マリさんの高速演算は、魔法式だけじゃなく、他にも使える気がするな。」
「そうか...ありがとう。まぁ、色々考えてみるさ。幸い、正規冒険者登録年齢までは、2年あるからな。」
冒険者はA〜Eまでの5つのランクに分かれている。Eランクは筆記テストに受かれば誰でも取得可能で、魔物の猟権と素材取引所の使用許可がもらえる。依頼を受けることが出来るのは、15歳を越え、実技テストに合格し一定の戦闘能力が認められたDランクからだ。
俺はそれまで、このマリを使いこなせるよう狩りのついでに鍛錬をする予定だ。幸いマリのおかげで森の奥のマッピングもある程度出来ているから、もっと効率的に強くなれる。
「さて...」
俺は自分の机に腰かける。先程気絶していたのであまり眠気は感じない。眠くなるまで、マリの解説を交えながら物理でも学ぶつもりだ。
その日の学習は、マリのおかげでこれまでの比でないほど捗った。マリ曰く、物理学は、前文明より前の文明でも存在する極めて原始的で、奥深い学問なのだという。
しかしマリは、この文明の物理学の発達レベルは、文明自体の文化レベルには似合わないという。原因として考えられるのは、前文明より大気中の魔素濃度が上がっていること、製鉄技術の発展が遅いことなどがあるようだ。だが俺は、今の生活で苦労するところはないし、文明の発達などどうでもいいのだが。
そんなことを言うと、
『文明の発達は常識の翻変です。世間の常識が変わるところから発達は始まるのです。』
なんて長々と説教されてしまった。
マリの話で眠たくなってしまったので、その日は眠ることにした。
長い、長い一日だった。まるで1ヶ月は彷徨ったかのような。明日になれば、自然治癒力強化のおかげでほぼ傷は言えているだろう。だが、細胞分裂を活性化させるこの強化は、恐らく今より疲れが増すだろう。
「明日はゆっくり買い物でもするか。」
そう呟き、俺は眠りに入った。
今後はマリさん以外にも、登場人物が増えていく予定です。ここから楽しくなりますフンス( ´ ꒳ ` )=3