2.科学者
連日投稿です。今回は初の戦闘描写に挑戦です。
朝。
いつもと変わらない、ゴミ山の中での不快な目覚め...のはずだった。
寝起きの頭に目以外の感覚器官から情報が伝達される。
体がゆっくりと上下に揺れている。ゴミではなく土の上を靴で歩くような音が周期的に聞こえる。
察知した。今、明らかに異変が起きている、と。
瞬間、目を開ける。自身がおんぶで運ばれていることがわかる。おんぶの主は、白衣に身を包み、眼鏡をかけた中年男性だった。大方、危険な人体実験に戸籍のないスラムのものを使用しようとする科学者か何かだろう。
かといって、そうやすやすと命を渡す気もない。
手足ともに拘束されていないことを確認する。
おんぶする人の背中を蹴るように飛び降りる。着地後すぐにポケットのナイフを取り出そうとする。が、ポケットの中にナイフがない。白衣の科学者はそれに勘づき、ポケットからナイフを取り出し、見せつけるようにしながら言葉を発した。
「こういうことも予想できたから君のナイフは一時的に預からせてもらっているよ。とりあえず落ち着いて話を聞いてくれないか?」
予想外の優しい声だった。一瞬、気を許してしまいそうになる。
しかし、非検体を傷つけないために精神操作魔法で従わせるつもりという可能性も考えられるため、耳を貸すわけにはいかない。
「起こしもせずに寝たまま人を連れ去ろうとするような人間と交わす言葉など持ち合わせていないな」
言葉とともに、唯一使える魔法である、マジックボールを3つ発動させる準備に取り掛かる。
「やだなぁ、目覚めるならフカフカのベッドのほうがいいと思っただけじゃないか...」
科学者は頭を掻きながらブツブツ言っている。
「こちらから行かせてもらうぞ」
足元にある小石を拾い上げ、全力で投げる。と、同時に拳を軽く握り間合いを詰める。科学者は驚いた様子もなく首をずらしてよけ、鳩尾を狙う俺のパンチを右手で受け止める。。
「ほう、スラムで育っただけあって、体術はある程度心得ているようだね」
「お前こそ、只の科学者ってわけではなさそうだな」
踏み込み足とは逆の足で相手の足をかけに行く。スラムで学んだことだ。身長差という肉弾戦において非常に大きなハンデは、相手が倒れればなくなる。
しかし、科学者は想定内だったのか、軽々とジャンプで回避する。
「かかったな!」
こちらもそれは予想内だ、というか、それが狙いだ。
空中なら大きな回避はできない。準備していた無属性の魔力を魔法式に流す。
「マジックボール・3連」
唯一使える魔法であるマジックボールを同時に3つ発動させる。
「3連だと!?」
科学者は少し驚きを見せる。と、同時に魔法を発動した。
「マジック・ディビエイト」
すると、確かに空中に浮いた科学者に向かって撃ったハズの3発のマジックボールが、体から少し離れたところで逸れてしまった。
「なんだとッ...!」
驚きを隠せない。自身が撃って制御している魔法が、急にコントロールから外れたのだ。
「マジック・ディビエイト。マジックボールは無属性の魔力を球状に乱流させて作った魔力弾なんだけど、その魔力の流れに干渉して方向を変えさせてもらったよ。」
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彼自身でもマジックボールがどんな魔法なのかよくは理解していなかった。
魔法式は、イメージを数値に変換する自動計算器のようなものだ。その数値で魔力の流れや密度、その他諸々を制御し、魔法を作動させる。
魔法の練度を上げ、その潜在力を引き出せるか否かは魔法使用者の魔法への理解、それに伴うイメージの具体性によるところがほとんどだ。
この時、エムリスは科学者の語ったマジックボールの原理を耳にし、更なるイメージの明確化に成功する。
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イメージする。体に流れる魔素を無属性魔力に変換。変換した魔力を球に収まるように流れを制御。
これなら、残りの魔力すべて使い、同時にすべて発動できそうだ。
イメージを反芻しながら魔法式に魔素を流し込む。
「いやぁ参ったなぁ。そこまでの素質があるとは。」
科学者はめんどくさそうに地面に手をつく。
俺はお構いなしに全魔力を注いだ魔法を詠唱、発動させる。
「マジックボール・13連」
13発ものマジックボールを一斉に科学者へ向けて放つ。残っていた魔力をこれで使い切ったことになる。体力の消耗が激しい。これが最後の攻撃になるだろう。
「アブソリュート・マジックウォール」
科学者が自身が隠れる程度の小さな魔法の障壁を作り出した。
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魔法の壁は、マジックボールを受けきり、1秒後に消滅する。
マジックウォールは、その名の通り、魔力で作り出す魔法の障壁だ。
その強度は、障壁の面積に反比例する。
科学者は、障壁の面積を最小限に抑え、魔力の密度を最大まで高め、その強度を絶対的にまで引き上げた無属性魔法、アブソリュート・マジックウォールを発動させた。アブソリュートといっても、絶対的なのはその強度のみで、発動時間は2秒しかないわ、面積は小さいから背面がガラ空きになるわで、あまり実用的とは言えない魔法だった。だが、マジックボールとは言え13発も食らえば只のマジックウォールでは防ぎきれない可能性があるため、使わざるをえなかった。
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「なんだ...と...?くそっ...」
俺は力なく前に倒れこんだ。
惨敗だった。その戦力差が見えないほどの。
なにせ、向こうはこちらに一度も攻撃をしていない。自身の滑稽さに少し笑えた。
「もっ...と才能が...あれば...なぁ...」
目の前が暗くなる。意識が消える。
悔しさだけが、握られた拳に残っていた。
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科学者はエムリスが意識を失ったのを確認すると、またエムリスを背負い、歩き始めた。
「才能なら羨ましいくらいにあるじゃないか。君はきっとこんなところで野垂れ死にしていい存在じゃないんだ。」
つぶやきながら歩を進める。
科学者の声は、相変わらず優しさに満ちていた。
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目が覚める。ベッドの上で寝ていた。
何年振りなのだろうか、フカフカのベッドで目を覚ますのは。
「おや、もう目が覚めたのかい?」
声が聞こえる。優しい、科学者の声だった。
「俺をどうするつもりなんだ?」
不安と焦りからか、それとも寝起きだったからなのか、言葉の駆け引きなどする気にはなれなかった。単純な疑問をぶつける。
「そうだねぇ。とりあえず元気に育ってもらおうかな。」
笑顔で言い放つ。
訳が分からない。スラムの汚らしい捨て子を、拾って育てる?
人間は利己的だ。きっと何か向こうに得があるのだろう。
「なぜ、俺を拾ったんだ?」
吐き捨てるように質問を投げる。
「実はね、君のことを知ってるんだよ。知り合いに情報屋がいてね。で、スラムにいるっていうから会いに来てみれば、かわいい顔にきれいな瞳、サラサラな髪、程よい肉付きの小さな体...」
正直、気持ち悪かった。引いた。こんな人間に負けたという事実が、さらに俺をみじめにしたような気さえした。
「じょ、冗談だよっ!?」
科学者は荒くなった息を誤魔化しながら訂正する。
「冗談には見えないんだけど...」
「とっ、ともかくだ!僕の名前はアイン。アイン・オーバン。これでも元冒険者だよ。いまはいろいろあって魔法物理学者だけどね。これからよろしくね。」
少し声が悲しくなるのが分かった。それに関しては聞かないことにした。
「エムリス・アンブローズ。12歳。」
「あっ、そうだ。君のためにお粥を作ったんだった。とってくるね。」
そう言い、アインは扉の奥へ消えた。
はじめて触れるような優しさだ。
いままでの貴族の奉仕や、家族だった者たちの期待とは違う。
無条件のような慈愛だった。
涙が零れそうになる。理由は自分でもわからない。安堵なのか、なんなのか。
ただ、嬉しいような、どこか安心したような温かさが、胸を満たしていた。
「おまたせーっ。はい、あーん。」
アインはレンゲで粥をすくい、食べさせようとしてくる。
さっきの発言から少し恐怖を予感した。
「いいよ。自分で食べる。」
「えー...つれないなぁ...」
しょんぼりするアインを横目に粥を頬張る。
温かかった。温度だけはない。そのお粥が持った熱は、体だけではなく、心も温まる一品だった。
今後、これに勝る食事はないだろうと、そう断言できるほどに、そのお粥は、何の変哲もないただのお粥は、おいしく感じた。
その直後、抑えきれず目から涙があふれる。
アインは少し動揺したが、ポケットからハンカチを取り出し、俺に差し出した。
「今まで、辛かっただろう。苦しかっただろう。でも、これだけは信じてくれないか?」
俺はアインの瞳を見つめる。何かを期待している。そんな自分がとても幼稚に感じた。
「俺は、絶対君を見捨てないと約束する。そして、君が大きくなって自立できるようになるまで、護り、育てると約束する。悲しいときは泣いてくれ。嬉しいときは笑ってくれ。困ったときは助けを求めてくれ。僕は、君の味方だから。」
ああ、その言葉だ。欲しかったのは。
涙が止まらない。声が抑えられない。呼吸がうまくできない。
その日は、それまでの人生で、類を見ないほど泣いた。
大声で。縋るように。吐き出すように。
ひとしきり泣いた後、俺は本日三度目の睡眠に入った。
幸せに感じた。フカフカのベッドではない。ましてや孤独からの解放でもない。
生まれて初めて与えられた、慈愛を精一杯かみしめていた。
三度目の睡眠は、いつもより眠れた気がする。
投稿頻度ですが、結構バラバラになると思われます。
こんなでもよければ、これからもよろしくお願いします。