11.線路は続く
朝が明ける少し前。空は徐々に明るさを見せている。
雲一つない薄い青。
声ひとつない閑静な建物の間。
一人。
ギルドへ足を向ける。
誰も居ないギルドの扉を開け、受付前のベルを鳴らす。
「ふわぁ...早いですね…もう少しいてくれてもいいのに…」
アリシアさんが受付窓口の奥から眠たい目を擦りながら出てくる。
昨日ギルドを出るときに始発で王都に行くと伝えていたのだ。
「こんな朝早くにすまない。正直待ちきれないんだ。」
「いえいえ、この街の期待の星ですからね。あと、私も仕事溜めちゃってて…どうせそのうち泊まり込みで終わらせなきゃだったんですよ。助かりました。」
クマが目立つ彼女の目は、少し寂しそうに笑った。
気拙くなって何も言えなくなる。
察してか、思い出したようにアリシアさんは切り出す。
「しょ、書類の準備はもう出来てますよ。あとはここと…ここに、押印して戴いて、封筒に入れて、向こうのギルドに提出してください!向こうは扱うクエストの量が桁違いですし、Bランク以上のクエストなら国内全域のクエストが集います。実は試験官のライゼさんも大森林の研究開発の護衛のクエストついでだったんですよ?」
「そうだったのか…じゃあまた、近いうちにクエストで戻ってくるかもしれないな。」
「そのときは精一杯サポートさせていただきますね?」
またクマを押しつぶしたような笑顔を見せる。
少し、寂しさは薄まっているような気がした。
「もうそろそろ駅に行かないと始発に乗り遅れちゃいますよ。」
「ああ、そうだな。行ってきます。」
「いってらっしゃい。応援してますよ。」
ギルドを出て、駅へ向かう。
列車はもう止まっている。
時間には余裕があるが、小走りで乗り込む。
「お?」
どこかで聞いた声がする。
「え??」
驚き。
そこにいたのは、試験官だったライゼさんだった。
「こりゃ奇遇だな。昨日の面白い坊主じゃねぇか。」
「えっ…と…ライゼさんは王都に帰るんですか?」
拙い敬語で問う
「ハッハッ!なんだその口調!別にそんなかしこまらなくてもいいぜ。さん付けもいらねぇよ。これは向こう行ってもそうだぜ。ま、貴族やらのお偉いさんにはそういうわけにはいかねぇけどな。冒険者同士なら強かれ弱かれ立場は対等だろ?」
「すまない…王都に帰るのか?」
「ああ。まぁ、特にこの街に用事はないし、王都に帰って今回のクエストと試験官の報酬が入ったからな。腹を空かせた弟どもが待ってる。いいメシたらふく食わせてやるさ。」
「そうか。試験官のときの態度のイメージだったから女遊びでもするのかと思った。」
「あれはお前らを煽って冷静さを試しただけだ。あんな煽りで冷静さを欠いて攻撃を読めないようじゃゴブリンすら倒せねぇよ。」
「それもそうだな…」
少し誤解していた。この男は矢張り、人格、才覚、戦闘技術共に、Aランクに相当する。
沈黙。レールと車輪が出す音が二人の間を流れる。
「…アインさんは元気だったか?」
急に切り出す。
「ッ!?なんでそれを…?」
「お前の剣技だよ。『疾閃』に『峯斬』…どっちもアインさんの技だ。まぁあの人は剣がメインじゃなかったから、あんまり使わなかったがな。あとその剣だよ。懐かしい感じがする。もう廃業になったミスリルソード専門の剣だ。アインさんがよく使っていた。で、どうなんだ?引退してからはもう名前も聞かないが、元気なのか?」
「あ、ああ…今は部屋に篭って研究してるよ。」
「ヘェ…冒険者が研究者にジョブチェンジ、ねぇ…異色の経歴だな!あの人らしい。」
「全くだ。」
夢と望郷を乗せて、列車は空を切っていく。
登る朝日は止め処ない車輪の回転を照らし出す。
朝は、俺を出迎えているような気がした。
………。
「長い旅になりそうだ。」
ふと呟く。
「冒険者は旅が住処さ。」
ライゼが答える。
終わりのない旅だ。
線路は、地平線の向こうまで続いていた。