10.次へ。
試験は、合格した。
喜怒哀楽の喧騒で賑わうギルド前の大通りを辿る。
「なんか、あっけなかったな。」
そんな独り言を呟きながらこれからを考える。
今日で俺はDランク冒険者だ。
これまで受けることのできなかった命が掛かかるモンスターの討伐依頼などの、「クエスト」と呼ばれるカテゴライズの依頼を受諾可能になる。
命を張る分、報酬も大きくなる。これまで世話になったアインにも、そろそろお別れして、独り立ちする時がきたのだ。
消えそうな俺の命の灯を救い、保護し、育て上げてくれた。何より「味方だ」と言ってくれた。アインには、言葉では到底表すに足りない感謝がある。
「良い肉でも買って帰るか。」
夕暮れに染まる空と帰路に着く人々の流れに身を投じた俺は、そんなことを呟いた。
鮮やかな夕焼けは、明日は晴れだと告げていた。
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隣国【ザリア】ーー。
海を挟んだ大陸国ザリアには、雨が降っていた。
「準備はどうだ?」
男は問う。
「まだかかりそうだが、いずれ完成する。」
もう一人の男が答える。
「大森林の奥にあるという前文明の遺跡。あれは我らのものだ。取り返さなくてはならない。」
「分かっている。取り返し、享受するのも、時間の問題だ。」
「ならいい。ーーー」
外へ漏れないよう話す2人の会話は、雨の音に消され、誰にも聞かれることはない。
ここは、ブリタニアの隣国、ザリア。
前文明が最後を迎えた地。
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「おかえり、エムリス。晩ご飯は豪華にするよ」
合格することが分かっていたのか、それとも何処かから聞いたのか、アインの口調は不自然に軽く弾んでいた。
「ああ、いい肉を買って帰った。」
独り立ちすることを察しているのだと思った俺も、不自然なほどに口調を軽くする。
「おっ、じゃあ今日はステーキだな!味付けはシンプルにいこうか。」
そんな玄関先の他愛もないやりとりを済ませ、部屋に一人。
アインがキッチンで料理をする中、俺は街を出て、王都に行く準備をしていた。
貯めた金。ギルドカード。装備。
多くはいらない。
思い出はここに残して征く。
明日の朝には家を出て、始発の魔導列車で王都へ向かう。
ある程度の荷物と、アインに渡す言葉を纏めていた。
「できたよー!」
アインの声が家に響く。
「今行くよ。」
届くか届かないかくらいの声で返したら、部屋をでて、リビングに向かった。
「「いただきます。」」
声を合わせて言う。
きっと最後の晩餐だ。
気まずい沈黙に、プレートとナイフが当たる音が続く。
ふと、切り出す。
「今日の試験官、強かったよ。」
アインは嬉しそうに応える。
「この街だと、、ライゼ君か。彼は才能が凄いからね。全盛期の僕と肩を並べるかもしれない。」
「知ってるのか!?」
食い気味に、驚きを隠せないまま問う。
「ああ。僕が冒険者だった時期に、王都で彼のDランク試験を担当したんだ。」
「へぇ。やっぱ凄い冒険者だったんだな、アインは。」
「まぁ、これでも有名ではあったよ。」
再び沈黙。
今度はアインが話の核心を。
「王都へいくのかい?」
驚いた俺は、ステーキが口に入ったままで答える。
「ーっ!ああ、その…つもりだ。」
「だろうね、こんな街で燻るべき存在じゃない。」
まるで子供の成長を喜ぶ親のように、笑みを浮かべてそう言う。
「明日には、もう向かうつもりだ。今度はアインが会いに来るくらいには有名になってやるさ。」
「ああ、期待してるよ。」
それからの話は弾み、皿も綺麗になり、食事を終えた。
「はぁ……。」
意味もない溜息を、ベッドの上で吐く。
もう少しだけここにいたいような。
もう行かなければいけないような。
きっと何をしてもアインは肯定するだろう。
しかし俺は、そんなアインが胸を張れるような弟子に。いや、息子になりたいのかもしれない。
正解なんてないのだ。
だからこそ、持った正しさを歪めずいようと思うのだ。
自分を自分で誇れるような。
そんな自分でいようと思った。