光は、突然悲惨な話を語り始める。
意に反して、巫女たちに囲まれてしまった光は、これでは仕方ないと思ったようだ。
ポツリポツリと話し出す。
「鴨長明の生きた時代は、平家から源氏、京都の朝廷から鎌倉の幕府へと政治権力の移管が激しく行われた時代」
「その当時の代表的な、名前が一般に知られている人としては、皇室系では、後白河院、崇徳院、後鳥羽院、安徳天皇、建礼門院、後鳥羽院」
「武家で言えば、平清盛、平重盛、源頼朝、源義経」
「宗教家で言えば、法然、親鸞、慈円は天台座主にして歌人、栄西」
「歌人は西行、藤原俊成、定家、さっき詠んだ式子内親王、当然鴨長明もその中に入る」
巫女たちも、よくしたもので、光の真面目な話は素直に聞いている。
光は、そんな巫女たちを、前にまた話し出す。
「養和の大飢饉の話が方丈記に書いてある」
「前年の1180年が極端に降水量が少ない年だったようで、旱魃で農産物の収穫量が激減、翌年には京都と西日本一帯が飢饉」
「大量の餓死者の発生はもちろんのこと、土地を放棄する農民が多数発生した」
「当然、地域社会が崩壊し、混乱は全国的に波及した」
「春・夏の日照り、秋と冬の大風・洪水の大災害が続いた」
「京都は、地方からの農業生産に依存しているにもかかわらず、年貢のほとんど入って来ない状況となってしまい、市中の人びとはそれによって大きな打撃をこうむった」
「方丈記によると、京都市中の死者を4万2300人」
「築地のつら、道のほとりに、飢ゑ死ぬもののたぐひ、数も知らず」
「取り捨つるわざも知らねば、くさき香世界に満ち満ちて、変わりゆくかたち有様、目もあてられぬ事多かり・・・つまり市中に遺体があふれ、各所で異臭を放っていたことが記されている。また、死者のあまりの多さに供養が追いつかず、仁和寺の僧が死者の額に「阿」の字を記して回ったとも書いてある」
「特に賀茂川の河原では、打ち捨てられた死体が多くて、牛馬の往来にも難儀したとか」
その話の怖ろしさに震える巫女たちの中で、春奈が口を開いた。
「光君、どうして、その本を調べたかったの?」
「すごく怖ろしくて辛くて悲しい話だけど・・・」
光は、真面目な顔で頷く。
「うん、賀茂の大神に会いに行く以上は、その哀しい歴史を知らないといけないと思ったのが、まず一つ」
「何も知らず、ノホホンと参道を歩くことは、僕にはできない」
「楽しい京都旅行」とばかり考えていた巫女たちは、光の真面目な言葉に、全く対応ができない。
全員が、下を向き、黙り込んでしまった。
光は、そんな巫女たちの様子には、かまわず言葉を続ける。
「毎日のように悲惨な報道が続くことがある」
「中東の戦乱のニュース、自爆テロとその被害者」
「中東だけでなく、世界中にも、安全と思われていた日本にも信じられないようなテロやら悲惨な事件が多い」
「戦争、地震、火事、水害、交通事故、殺人、自殺のニュースもある」
「長明の生きた時代もそうだし、現代でも悲惨な事件はなくならない」
「結局、ずっと歴史的に絶えることなく、大自然自身の動きや、人間自身が持つ残虐性により、人間や生き物は限りなく何度も絶望を味わって来たんだ」
「特に人間の歴史とは、血と涙の歴史と思うんだ」
ますます、沈み込む巫女たちに、光は問いかける。
「ただね、人間の歴史には、もう一面あるんだ」
「その一面が何なのか、わかるかな」
光の瞳は、少しずつ、その輝きを増している。




