楓のお願い
また不可解なことに、楓が大型モニター画面に映った途端に、光と特に巫女にとって「頼みの綱、楓に対する最強の防波堤」である圭子が、あっさりと姿を消してしまった。
途端に、巫女たちは、ゾワゾワと不穏な雰囲気になるけれど、光はやはり「一歩も二歩も」タイミングがずれる。
華奈が光の脇をつつき、小声で「ねえ、光さん、逃げよう」と言うけれど、光は「え?何?」とポカンとしている。
そして楓は、そんな光と巫女たちの様子を決して見逃さず、ネチネチと文句を言い始める。
「ねえ、全く・・・呆れたものよね」
「私が何も言っていないのにさ・・・」
「顔見せただけで、逃げようとかって、どういうこと?」
「まあね。光君は、アホでノロマだから一歩遅れるのは当然だけどさ・・・」
「だいたいねえ・・・お嫁さん判定係の私から姿を消すって、どういうこと?」
「あなたたち、やる気あるの?」
「少しは判定係の私に誠意を見せるとかさあ・・・」
そんなことをネチネチと言い続けていると、何も考えていない光が反応した。
「ねえ、楓ちゃん、急に出てきたけれど、何か用事?」
「みんなね、どこかに出かけたいみたいなの」
「もしあったら手短にね」
その光の質問に、楓は答えた。
「えーっとね、一つは、たいしたことでないの」
「今度ね、惑星と威風堂々を演奏する時にね、都内から仕入れてき欲しいものがあるの」
「それを光君のパソコンに一覧表にして送るんだけどさ」
楓は、そこまで言って、巫女全員の顔を見る。
「でね、光君ってアホでしょ、みんな」
巫女たちも、よくしたので、一斉に頷く。
最近仲間に入ったばかりの柏木綾子も、つられて頷いている。
ただ、光は「アホ」と言われても、頷かれてもポカンとするばかりで、楓の顔を見ているだけになっている。
楓は話を続けた。
「だからね、当てにならない光君だから、巫女さんが責任を持って、メールを開いて、仕入れを頼みたいの」
その頼みに、またしても巫女全員が頷くけれど、ようやく光が疑問らしいことを言う。
「だったら僕のPCでなくて、他の巫女さんのPCでもいいのでは?」
「僕にだって、秘密だってあるかもしれないでしょ?」
「そういう個人情報を見られるのってさあ・・・それは信書の秘密という人権を侵害しているのでは?」
最後には、「個人情報の保護、信書の秘密」を持ち出して、ようやく抵抗を始めている。
しかし、光の抵抗は、空しかった。
春奈が、即却下。
「あるわけない、あっても光君、秘密は厳禁」
「楓ちゃんだって、特定の巫女にメールを送ると、人間関係に問題が発生するかもしれない、それを配慮してのこと」
春奈の見解は、他の巫女も異論がないようで、全員が一斉に頷いている。
光は、周りの巫女の顔を見て、「はぁ・・・」とため息をつくけれど、どうにも抵抗は難しいと悟ったようだ。
「わかった、好きにして」
「なんとか手分けして仕入れる」
と答えて、楓の顔をもう一度見る。
すると楓が、咳払い、そして今度は珍しく顔を赤くした。
「ねえ・・・笑わないでね、話題が変わるんだけどさ・・・ちょっとさ・・・光君・・・お願いがもう一つあるの・・・」
光は、見たことのない楓の真っ赤な顔を、またしてもポカンと見つめている。