光が珍しく和歌を詠む
さて、そのような生活も8月、お盆を過ぎ、まだまだ暑いながらも夜には虫の鳴く声も聞こえるようになった。
2階の自分の部屋から、朝特有の寝ぼけ顔で降りてきた光が、巫女たちに突然、和歌を詠む。
「うたたねの 朝けの袖に かはるなり ならす扇の 秋の初風」
呆気にとられる巫女たちの中でも、特に華奈はキョトン。
「光さん、そんな昔の言葉を使って、おじいさんになったの?」
それでも、他の巫女は、必死に考える。
春奈
「うーん・・・和歌だよね・・・えーっと・・・」
ソフィー
「きれいな歌だなあ、華奈ちゃんがアホ過ぎる、女性が詠んだ歌」
由香利は、思い出す寸前。
「う・・・新古今みたいな感じ?いい歌だけど・・・もしかしてあの人?」
「賀茂の斎院?・・・と思うけれど・・・」
光は、ニッコリと由香利を見つめるけれど、「誰か」は言わない。
巫女たちの様子を楽しんでいるような感じがある。
ルシェール、キャサリン、サラ、春麗は最初からお手上げ状態。
ルシェールの「いくら私たちでも、和歌までの知識は乏しい」との発言が全て状態。
由紀は、途中から思い出した。
「うん、光君、私も大好きな女流歌人、いい歌だよね」
しかし、由紀も「誰か」は言わない。
とにかく光との共通知識を楽しんでいる様子。
柏木綾子も珍しくお手上げ状態。
「勉強不足です、日本人として、こんな美しい歌を知らないのが恥かしい」
巫女たちの反応を見届けた光が、ようやく解説を始める。
「これは式子内親王様の御歌」
「新古今和歌集の308」
「訳もいらないと思うけれど、一応訳すよ」
「うたた寝から起きたばかりの早朝、暑い暑いと思っていたけれど、吹く風が変わっている。慣れ親しんだ扇からの風が、いつもより涼しくなった。
これは、秋の初風なのだと思う」
その光の珍しい和歌と解説に巫女たちは「ほーーー・・・」と驚いたような雰囲気が漂う。
春奈が目をキョトンさせている。
「アホだと思っていた光君に、こんな繊細な和歌の知識があるとは」
観音力のソフィーは実に悔しそうでがあるけれど、感心する。
「マジで気に入らない秘密主義の光君だけど、この歌はいい、きれいだ」
「秋の初風かあ・・・言葉だけでも涼しさとホッとするような」
由香利も悔しいけれど、それでも光に質問。
「どうして思いついたの?この歌」
光は、少々恥ずかしそうな顔で答えた。
「うん、みんな顔が緊張していたよ、ずっとね」
「たまには別次元の話もいいかなあとさ」
ルシェールはにっこり。
「うん、素晴らしい御歌をありがとう、私たち外国人の文化にはないものだけど、いい感じ、日本の宝だよ、和歌って」
これにはキャサリン、サラ、春麗も同感らしい、ただ頷くのみ。
ただ一人光と「共通知識」ゆえの優越感を楽しんだ由紀が光に声をかけた。
「ねえ、光君、京都に行きたくなった」
光も、うれしいらしく、にっこりと微笑んでいる。




