音大で、光は初演奏(3)
光の面倒そうな顔には構わず、今度は内田先生が小ホールの音大生に向かって、話をする。
「それとね、光君は、ソロでも指揮でも、とび抜けた音楽性を持つけれど」
光は「え?まだ?」と思うけれど、内田先生の話は続く。
「この光君は、室内楽をやらせても、すごく面白い」
「要するに、合わせた人の力を、より高めるというのかな」
音大生の目が、再び光に集中する中、小ホールの袖口には、かの美人ヴァイオリニスト晃子の姿。
そして、そのまま楽譜を持って、ステージ中央、光の隣まで歩いて来てしまった。
その晃子の姿を見た華奈の肩が、ビクンと動く。
「う・・・魔女の晃子さんだ、晃子さんが光さんに近づくとロクなことがない」
春奈は、その華奈をたしなめる。
「そういうことを言わないの、晃子さんだって、光君が音大で知っている数少ない人だよ、光君がアホしたら、助けてくれるかもしれないでしょ?」
しかし、華奈は首を横に振る。
「光さんの高校二年生の初演奏会の時だって、光さんに迫って苦労したではないですか、自分のマンションには練習と称して連れ込むし」
「ねえ、あの真っ赤な胸あきドレスで光さんを誘惑しようとして、今でも思い出して腹が立つ」
春奈は、そんな華奈に呆れた。
「華奈ちゃん、そんな人の批判ばかりでなくて、自分を高める努力したら?」
「それがないと、ますますジリ貧になるよ」
「それに光君は、アホで無粋だから、晃子さんには全くなびかなかったでしょ?」
そんな1年も前の話をしていた華奈と春奈は、ソフィーに厳しくたしなめられた。
「うるさい!もう演奏始まる」
その厳しさゆえ、華奈も春奈も黙り込むと、ソフィーの言葉通りに、晃子と光のデュオが始まった。
さて、晃子と光のデュオの曲は、フランクのヴァイオリンソナタ。
フランス系のヴァイオリンソナタの最高傑作と言われ、ヴァイオリンとピアノの二重奏のような甘い雰囲気を持つ。
その晃子と光のデュオに、まず女子音大生たちが胸を抑えた。
「う・・・なまめかしい・・・トロトロになりそう」
「うん、晃子さん、目が潤んでる」
「あの光君って可愛い男の子、完全に晃子さんの呼吸を読んで、歌わせるところはたっぷり、締めるところはキュッと・・・」
「晃子さんを自在にコントロールしているって感じ」
また男子音大生も、驚きを隠さない。
「どうすれば、あの繊細なニュアンスが出せる?」
「うん、それもあの我がまま晃子さん相手に」
「いつも途中で睨まれて、萎縮しちゃう、俺」
「それを光君は、晃子さんを自由自在に操っている」
「俺も、ああなりたいなあ・・・」
音大生の表情を見ていた学長は、満足そうな顔。
「光君は、大切に我が音大に迎え入れたい」
「まさにミューズの神が、この音大に君臨することになる」
「今の演奏にしても、そのまま発売したら、ベストセラー間違いなしだ」
「それだけではない、日本の音楽界を越えて、世界の音楽界にどんどん出したい、それだけの価値がある」
晃子と光のデュオは、音大生たちを圧倒して、終わった。
豊かな胸を抑え、目を潤ませた晃子が、光の脇をつつく。
「光君、すごい、また惚れた、もうトロトロだよ、身体がホワホワして立ってられない」
ただ、光はいつものキョトン顔にして「無粋」な言葉を言い放つ。
「え?晃子さん、苦しいの?服がキツイの?食べ過ぎ?食べ過ぎが足に来たの?」
あまりの「アホ言葉」に関わらず、晃子はもはや、立っていることは無理。
そのまま、光の腕を組み、寄りかかってしまった。




