音大で、光は初演奏(1)
光は、陰口のような、ヤッカミのようなヒソヒソ話を全く聞いていないけれど、光の前を歩く小沢と内田には、聞こえていたようだ。
小沢が嘆く。
「ロクに練習も勉強もせず、ただ、他人の足を引っ張るだけ」
「演奏させてみれば、楽譜をなぞるだけか、ただ単に我流の演奏をするだけ」
「聞いていて、何も心に響いてこない」
「世界では全く通用しない連中ばかり、まあ、地元に帰って音楽の先生をするくらいかな」
内田も呆れ顔。
「光君は、私たちがスカウトしたの」
「学長も欲しがっている存在、私たちがスカウトしなければ、他の音大にとっくに取られている」
「誰でも光君の音楽を一度でも聞けば、そのすごさがわかるのに」
「自己流を通すだけで、他人の音楽を聴かない、つまり勉強不足も甚だしい」
「そんな傲慢な感性だから、いつまでたっても伸びない」
「聴いている人の心を打つ演奏ができない」
さて、そんな状態で歩いていくうちに、小ホールの扉が見えてきた。
小沢がその扉を開けると、300人くらいの客席。
それが、ほぼ八割程度、埋っている。
内田が光に声をかける。
「ステージのピアノの前に、ベルガマスク組曲の楽譜があるよ」
「そのまま、客席を歩いて、ステージに」
光は、これでは弾くしかないと思った。
「まあ、何とかなるだろう」
その程度でステージに向かって歩きだす。
すると客席の中に、巫女たちの一団と由香利の父を発見。
「そうか、それでスンナリと警護とか何とか言わなかったんだ」
光は、再び歩いて、ステージの上に。
小沢と内田は、客席中央に座り、誰かと話をしている。
ただ、光はそれが誰かとも気にしない。
それでも、客席にはお辞儀をして、ピアノの前の椅子に座る。
その光を見ていた華奈がポツリともらす。
「光さん・・・何か、メチャ気合入っている」
ルシェールは笑顔。
「あの顔になった時の光君は、最強」
ただ、巫女たちの言葉は、そこまで。
光の指がピアノの鍵盤の上に置かれた。
そして、動き出した。
内田が、姿勢を正す。
「これは、かなり正統派のドビュッシー、キラキラと詩情にあふれ・・・」
「譜面には忠実ながら、どの音も、フレーズも典雅、貴族的な・・・」
小沢もうなった。
「そのまま、パリでもベルリンでもウィーンでも、どこでも通用する」
「最高級の評価が得られるドビュッシー」
「菜穂子さんの弾き方にも似ているけれど、それより繊細さもあり、力強さがある」
小沢の隣に座った紳士がため息。
「ミューズの神の化身だ」
「ここまでなら、学費免除でもかまわない、スカウトしてくれて実にありがたい」
小沢は、クスッと笑った。
「さすが、学長」
内田も、微笑んでいる。




