奈良興福寺コンサート(4)阿修羅様と光君 最終回
明るくなった天空とともに、光の指揮そのものが変化した。
それまでの流麗、華麗な指揮ではない。
大きく胸を張り、指揮台を力強く踏みしめ、豪快に指揮棒を振り始めた。
その指揮棒も眩く輝き、鳴らされる第九は圧倒的、絢爛豪華、勇壮としか表現のしようがない。
小沢師匠がうなった。
「こんなすさまじい第九は聴いたことがない」
「東京駅前の演奏をはるかに超えた」
「聴く人全ての魂を、天空に向けて浄化、昇華するほどの強烈さ」
「それでいて、アンサンブルもリズムも全く崩れない」
「全てが完璧、いや、完璧以上・・・」
光の指揮に応えるかのように天空に浮かぶ様々な呪印や神紋も、また輝きを増す。
そしてまた、異変が起きた。
第九の合唱に合わせて、天空からも第九の歌声が聴こえてきた。
この時点で、夥しい聴衆も、全員唱和のもとに、歌い出す。
老若男女、ドイツ語の歌詞を知らない人でも、その歌詞が頭に響いてくるのか、
大きく口を開け、歌い出す。
すると、またしても異変。
光の身体全体が、黄金に輝き始めている。
その光の姿を見た圭子叔母が、また泣き出した。
「光君の指揮する姿を、お母さんが・・・菜穂子さんが降りてきた」
「もっとしっかり光君を見たいって・・・」
楓も泣き出した。
「阿修羅が手を引いて天国から連れてきた」
「お地蔵様も隣に立って泣いている」
「光君、気がついているかな・・・」
途端にオーケストラと合唱団の中にいる巫女たちから、同じテレパシー。
「はい!光君、わかっています」
「でも、頷いただけ、第九を思いっきり振りたいって」
「阿修羅もお地蔵様も菜穂子さんも手を取り合って、客席の最前列に」
客席で第九を聴く圭子、楓、春奈、ソフィーも、実感したらしい。
すっと三体分の席を開ける。
ついに第九のクライマックス部分に入った。
ますます豪快、絢爛豪華な第九が鳴り響き続け、そして光がその輝く指揮棒を天空に突き刺し、第九が終わった。
夥しい群衆の大歓声と大拍手の中、光は肩で息をしている。
足を踏ん張り過ぎたのか、少しふらつくような感じ。
「やば・・・足がつった」と光がつぶやいた瞬間だった。
ルシェールが合唱団の中から猛ダッシュ。
そのままグイッと光の腕を組み、支える。
そしてルシェールが光の顔を見た。
「さあ、光君、お願い、ここで告白、そして抱きしめて!」
光は全くためらわなかった。
夥しい聴衆、それから全世界の聴衆に向かって叫んだ。
「僕はルシェールが大好き!結婚します!」
そして光がルシェールを思いっきり抱きしめると、夥しい聴衆からも大歓声と大拍手、また天空も再び絢爛豪華に輝く。
阿修羅がホッとした表情で、地蔵菩薩に笑いかける。
「やっと決まったよ、ヤキモキしたけれど」
「これで光君の後継者がやがて生まれてくる」
その阿修羅に、地蔵菩薩は含み笑い。
「いや・・・まだまだ他の巫女たちは諦めきれないようです」
「この現世のみ諦めるなら、まだいいけれど」
「今日、この時ばかりと華奈さんが言って、ルシェール以外の巫女さんたち全員が、珍しく華奈さんに大賛成になって」
圭子が天国から降りてきた菜穂子に声をかけた。
「まだまだ、お世話が焼けますねえ、菜穂子さん」
菜穂子もうれしいような、呆れたような顔。
「ねえ、全く・・・まどろっこしい」
それでも、クスッと笑う。
「まだまだ、レースが楽しめそう」
「いつでも見ているし、いつでも降りてくる」
その母菜穂子の声が耳に届いたらしい。
光とルシェールは手をつなぎ、笑顔で母菜穂子に答えた。
そして、全ての巫女も満面の笑顔で、菜穂子に手を振っている。
(完)




