奈良興福寺コンサート準備(14)
ホルストの組曲惑星は、第一曲目の火星(戦争をもたらす者)から始まり、金星(平和をもたらす者)、水星(翼のある使者)、木星(快楽をもたらす者)、土星(老いをもたらす者)、天王星(魔術師)、海王星(神秘主義者)と続く。
第一曲目の火星から、楽団員の気持を完全に掴んでしまった光は、最後の海王星まで、流麗な指揮により、全曲を振り続けていく。
それを見る練習指揮者の吉田と元コンサートマスターの谷口は、驚きを隠せない。
「本当に、指揮が上手い」
「奈良町に縁がある、しかも史さんと菜穂子さんの子だよ、うれしいなあ」
「その子が全世界の注目を集める音楽家だったなんて」
「いや、変な目で見て、恥ずかしいよ」
「惑星も自分が振る時と、全く別物」
「団員の目が、生きているもの」
また、海王星には途中から、女声合唱が加わる。
練習場の教会に入って来た女声合唱者たちの目も、輝いている。
「そうか・・・今日から、あの光君だったんだ」
「いい指揮だよね、早く歌いたい」
「今までと、音楽そのものが違う」
「鮮烈でパワフル、格調高い」
「光君の指揮で歌えるなんて名誉だよ」
・・・・・などなど、光と演奏者たちが盛り上がる中、春奈とソフィー、ルシェールは、「光ならではの不安」を感じている。
春奈
「クリスマスの夜の野外コンサートでしょ?」
「光君、絶対に風邪を引く、そしてアホだから正月まで長引く」
ソフィー
「しかも、興福寺は、高台にあって、風の吹きさらし」
「マジにひ弱だしさ、最近、年増扱いするしさ、気に入らないけれど、気になる」
ルシェール
「ソフィー、そこで変な私情を持ち込まないで」
「工事作業員が着るような電熱コートを着させるのもいいかも」
春奈
「ルシェールが正解かな、そうしよう」
ソフィー
「うん、じゃあ、明日にでも調達する」
ルシェール
「これで何とか・・・風邪引き光君は見ないですむかなあ」
春奈、ソフィー、ルシェールが、そんな話でまとまった時だった。
教会の扉が開き、岩崎義孝、岩崎華、そしてヴァイオリニストの晃子が入って来た。
圭子叔母が、すぐに気がつき、頭を下げる。
「岩崎様、それから晃子さん、いつも甥の光がお世話になっております」
「叔母の圭子と申します」
岩崎義孝も深く頭を下げる。
「岩崎です、いえいえ、光君にお世話してもらっているのは、私のほうです」
「どれほど助けられたか、わかりません、今日も、追っかけて来てしまいました」
晃子も、圭子に頭を下げる。
「お久しぶりです、私も光君には、相当ご縁がありまして」
光は、組曲惑星の最後、海王星が終わった後、岩崎義孝と晃子を呼び寄せ、楽団員全員に紹介。
「僕の後援者の岩崎義孝さん、岩崎財閥の当主と、お顔を知っていられる人も多いはず」
「それから、この女性は、晃子さん、有名なヴァイオリニスト、皆様も御存知でしょう」
光としては、当然の紹介だったけれど、晃子は光のスキを見て、サッと光の腕を組む。
楽団員、特に若い女性団員はあ然、晃子を「魔女視」する華奈は怒り顔になっている。




