奈良興福寺コンサート準備(12)
「わかった、弾くよ、弾けばいいんだろ?」
コンマスの谷口は、ようやくヴァイオリンを構えた。
光は、楽団員全員に声をかける。
「谷口さんが、模範演奏をしてくれるそうです」
「しっかり聴いてあげてください」
練習指揮者の吉田が、複雑な表情で指揮棒を振り下ろすと、コンマス谷口の「模範演奏」が始まった。
しかし、予想通り、結果は無残なものだった。
楽団員から、落胆の声が止まらない。
「音は弱いし、音程もグチャグチャ、リズム感なし」
「あれでコンマス?それで威張っていたの?」
「確かに長いけれど・・・元音大なんでしょ?」
「はぁ・・・嫌だ、こんなコンマスだと・・・」
そんな声が聞こえたのか。練習指揮者の吉田は指揮棒を振るのを止め、コンマスの谷口もヴァイオリンを弾くのを止めてしまった。
光が落胆する吉田と谷口に声をかける。
「お疲れのようです、少し休まれては?」
吉田と谷口は、心を折られた状態。
「ああ、そうだな」
「少し休みたい」
と、楽団から離れて壁際の床に座り込んでしまった。
「さて・・・」
その様子を見た光が指揮台に向かって歩き出し、そのまま指揮台にのぼった。
そして、光の指揮を熱望する発言をした、第二ヴァイオリンの今西に声をかける。
「あの、すみませんが、今西さん、臨時のコンサートマスターをお願いしたいのですが」
「もう一度、オーケストラ全体のチューニングも含めて」
光に声をかけられた今西は、全くためらわなかった。
「はい!」と元気よく答え、さっそくチューニングのやり直しを始めている。
その様子を見た小沢は、感心しきり。
「光君、さすがだね、あの今西って女の子が上手ってことを見抜いたんだ」
「あの女の子、やる気もあるし、いい感じだ」
圭子叔母は、「あれ?」と首を傾げる。
「うーん・・・今西さんねえ・・・そう言えば、近所だ」
「有名な地酒店の親戚で、音大に通っている子だ」
華奈も地元、実は旧知らしい、ニコニコと今西を見ている。
チューニングも終わり、今西が光に目で合図。
光も頷き、楽団員に声をかける。
「これから火星を振ります」
「イメージは、さっき僕が弾いた通り」
「でも、その前に、一旦目を閉じて、深呼吸」
「戦いの神に捧げる曲、戦いに出向く気持を・・・」
「その気持が高まった時点で、目を開けてください」
光の指示通りに、楽団員全員が一旦、目を閉じ、そして順次、その目を開ける。
そして、全員の目が開いたその時、光は指揮棒を振りおろした。
「うわ!すごい・・・」
「ガチガチの緊張感・・・キレキレのリズム感」
「さっきと全然違う・・・シャープで音楽が大きい、パワフル」
圭子叔母や巫女たちは、背筋がシャンと伸びた。
大指揮者の小沢も真顔で聴き入っている。
そして壁際に座る吉田と谷口は、口をポカンと開け、ただただ圧倒されている感じになっている。




