奈良興福寺コンサート準備(10)
拙劣さを極めた惑星の第一曲目火星が終わった。
練習指揮者の吉田が光に振り返り、「どうですか」と評価を求めて来た。
しかし、何の根拠があるのか、自慢顔。
光は、それには答えず、ルシェールに目配せ。
するとルシェールが手に持ったリモコンを操作、教会の壁一面に、白いスクリーンをおろす。
そして、いつの間にか録画していた火星の演奏が最初から映し出される。
小沢が光の顔を見た。
「さすが、録画していたんだ」
光は頷く。
「普通の音楽センスがあるなら、自分たちの演奏を見て聴いて、わかるはず」
しかし、春奈は首を傾げた。
「でも練習指揮者の吉田さんと、コンマスの谷口さんは、満足そうな顔だよ」
由香里も、それが信じられない。
「指揮者は自分の指揮棒とオーケストラとずれていることに気がつかず」
「コンマスは自分のヴァイオリンが指揮棒からずれ、周囲ともずれているのに気がついていない」
柏木綾子は、自分たちの演奏を見る楽団員の表情が不安。
「すごくガッカリしているみたい」
「わかったんだね、ひどいってことが」
ソフィーが光の顔を見た。
「ねえ、光君、どうする?」
光は、楽団員の様子を見ている。
「これを見て、吉田さんと谷口さん以外の人が、どうするのか」
「それを見て考える」
そんな状態で、火星の再生動画が終わった。
吉田と谷口は、そのまま満足そうな顔。
しかし、楽団員に大きな変化が現れた。
何人かの楽団員が立ち上がって、抗議を始めた。
「谷口さん!全然指揮を見ていないし、リズムと弦が合っていません!」
「吉田さんも、目を閉じて指揮棒を振って、結局楽団員を何も見ていない」
「本当に弾きづらいです」
「チューニングを途中で止めるから音程も合っていません」
「谷口さん、本当は弾けないのに、弾いているフリだけですか?」
満足そうな顔をしていた吉田と谷口は、楽団員からの抗議が相当癪に障ったようだ。
その顔を赤くして、反論を始める。
吉田
「何だ!先輩を馬鹿にして!お前らには敬意ってものがないのか!」
谷口
「俺が本当は弾けないって何だ!東京から来たお客さんを前に恥をかかせるのか!」
市民オーケストラが大混乱になる中、圭子叔母が光の脇をつつく。
「ねえ、光君、何とかして」
小沢も光の顔を見た。
「まずは、光君なりの方法で」
光は、ようやく立ち上がった。
そして、市民オーケストラ全員に大きな声。
「一度、ピアノで火星を弾いてみます」
すると市民オーケストラからは驚きの声。
「え?ピアノで弾けるの?」
「でも、光君はピアニストとしても凄いって」
「うん、それは聴いたことがある、マジに凄い」
特に若い楽団員は、そんな声。
しかし、吉田と谷口は、「は?弾けるものか」と、不穏な表情になっている。




