奈良興福寺コンサート準備(9)
どうにもならない状況に追い込まれた練習指揮者の吉田が、コンサートマスターの谷口に、「谷口さん、まずはチューニングを」と指示。
谷口も「ああ・・・そうだな・・・」と、オーボエに目で合図、チューニングを始める。
「今日は見学」となったことから、光は少し離れた場所に立つ。
その光に圭子叔母が、近寄って来た。
「ごめんね、光君、気分悪くした?」
光は、含み笑い。
「いいよ、何となくわかった」
「圭子叔母さん、あの吉田さんと谷口さんを懲らしめて欲しかったとか?」
圭子叔母も含み笑い。
「そうなの、光君に頼むのも、どうかなと思ったけれど」
「とにかく、あの二人、大した実力もないのに、近所では名士気取りでね」
「ただ長く音楽しているだけで、上から目線」
ルシェールは、市民オーケストラの中に入っている華奈、サラ、キャサリン、春麗の顔を見ている。
「ねえ、光君、あの4人、首を傾げている」
由紀も、首を傾げた。
「しっかりチューニングも出来ていないのに、谷口さんってコンマスがチューニング止めちゃった」
ソフィーは呆れている。
「私も、奈良には関係があるから・・・あのチューニングは恥ずかしい」
由香里は光の顔を見る。
「ここで指揮をすると、大変かも」
大指揮者の小沢も難しい顔。
「少しひどいね、チューニングも出来ていないオケは・・・出来ないのかな」
光たちのそんな思いはともかく、練習指揮者の吉田が指揮台にのぼった。
早速、ホルストの惑星を振り始めるらしい。
今度は柏木綾子が首を傾げた。
「オーケストラ全体の楽器を構える姿に緊張感が無い」
「惑星の第一曲目は、火星、戦争をもたらす者」
「リズムも厳しめでないと、曲全体の緊張感が出せない」
光がポツリとつぶやいた。
「これ、聴くまでもないかな」
「もう、わかった」
小沢は、その光をなだめた。
「まあ、光君が気がついたことは、わかる」
「でも、聴こうよ」
練習指揮者吉田の指揮による、第一曲目火星が始まった。
ルシェールがため息をつく。
「出だしから崩れている」
由紀は、コンサートマスターの谷口の弓を見る。
「コンサートマスターが一番、指揮とずれている」
「遅れるし、動きは小さいし」
春奈は、途中から気がついた。
「ねえ、圭子さん、谷口さんって、あの谷口さん?」
圭子は、含み笑い。
「うん、あの元音大を気取る人、それだけで名士気取り、実は鼻つまみ者」
春奈も笑った。
「そう言えばね、私の母の美智子にも、自分は音大卒って威張って」
「だから何って、逆に叱りつけられたとか」
ソフィーは、また別の情報。
「あの練習指揮者の吉田さんは、元学生オケの指揮者だけど、楽器が下手で指揮をしただけって、母のニケが言っていた」
由香里は、途中から、その耳を押さえた。
「マジに、耳が腐る、中に入った巫女さんたちが、辛そうな顔になっている」




