光と晃子のリサイタル(6)そして緊急事態発生
練習を始めた当初は空中分解が心配された光と晃子のブラームスとフランクのリサイタルは、素晴らしい成功を収めた。
リサイタルを聴きに来た、日ごろは口うるさい評論家たちにも、深い感動をあたえるばかりとなった。
「デヴューしたての高校生のピアニストと晃子さんだから、軽いだけの演奏になるかと思ったけれど、出だしから深みにはまって・・・」
「しっとりとしていて、それで華やかさもあり、その中で苦しみ、切なさ、儚さ、憧れ、希望が次々に」
「あのピアニストのタッチの微妙さには息を飲んだよ」
「時折、晃子さんが熱い目で見ていたね、それも気を引く」
「音楽として特級品、それを越えていた」
「先々、楽しみ、また聴きたいなあ」
「あの少年みたいなピアニストと共演希望が多いみたいだよ、気持がよくわかるなあ」
いつの間にか、光の素性もわかり始めた。
「あの夭折した天才ピアニストの菜穂子さんの息子さんだって」
「それと小沢先生の愛弟子」
「え?東京駅でのコンサートの子?」
「うん、最近は諏訪大社でも、すごい演奏をしたよ」
「いやいや、日本にも、すごい若手が育っているねえ」
「将来楽しみ、安心したよ」
さて、そんな素晴らしい評判を受けて、晃子は念願の光とのレストランデートを実現することになった。
晃子はとにかく笑顔。
「本当にありがとう、私も新しい道が開けました」
「これも、光君のおかげ」
「また、一緒にやろうね」
しかし、光はいつものハンナリ顔。
「いえいえ、ありがとうございます」
「何とか、聴ける程度の演奏になりました」
「次に晃子さんと一緒に?他にもたくさん申し込みがあって」
「僕はどうしたらいいのか、諸先輩方を拒否するほどのキャリアもなく」
と、結局は晃子に「それとなくダメ」を言う。
晃子は、そこで焦るし、ますます光が欲しくてたまらない。
「ねえ、光君、そんなこと言わないで」
「私、光君とでないと、リサイタル出来ないもの」
「他の人の伴奏なんて、絶対に嫌」
「学園の音楽部の指導もするし、小うるさい華奈ちゃんのレッスンもするからさ、お願い」
さて、最初は「まあ、仕方ないなあ」と晃子の懇願を聞いていた光の表情は、次第に変化している。
ハンナリ顔が、厳しいものになって来ている。
晃子は、その表情が気になった。
「ねえ、光君、私のことが嫌い?」
「どうして難しい顔をするの?」
「あんなに素晴らしい伴奏をしてくれたのに、どうして?」
光は、首を横に振る。
「晃子さんのことではないです」
「晃子さんは、好きですし、好きな演奏家です」
晃子は、ホッとするけれど、それでは意味がわからない。
「じゃあ、どうして?光君」
「急に何があったの?」
晃子が光に問いただした、その時だった。
光のスマホに大音量のアラーム付きのメッセージ。
晃子も、思わず立ち上がって、光のスマホを見た。
メッセージは「官房長官から・・・大至急官邸にお越し願いたい」
光は晃子に頭を下げ、そのままレストランを飛び出していく。




