光と晃子のリサイタル(3)
内田は、あまりのことで打ちひしがれる晃子に厳しい。
「晃子さん、光君が正解」
「今のままでは、とてもリサイタルなんて開かせられない」
「あまりにも軽い、ブラームスの世界になっていない」
光に続いて、大ピアニストの内田先生にまで厳しい指摘をされた晃子は、呆然。
「どうしたら・・・」
しかし、内田は答えない。
晃子に、そのまま客席に行くように、指先で指示。
晃子は、うなだれたまま、客席に座る。
すると、小ホールのドアが開き、光が再び入って来た。
そして、その光の後ろには、サラ。
サラはチェロを持っている。
光とサラは、そのまま真っ直ぐに、ステージにのぼる。
晃子が「え?何?」とつぶやいた時だった。
光の伴奏を受けて、サラがチェロで「ヴァイオリンソナタ:雨の歌」を弾き始めた。
そして晃子は、驚いた。
何より、一瞬にして、魅了されてしまった。
「はぁ・・・切ない・・・」
「心の底から・・・いろんな感情を・・・」
「一音一音、フレーズごとに世界が変わる」
「憧れのような儚さ」
「強く迫ったかと思えば、また不安に沈む」
「何かの物語を聞いているような」
「映画のように様々なシーンが展開していく」
とにかく、感動が晃子の胸の奥からあふれてくる。
そして晃子は思った。
「全然・・・サラちゃんのチェロに負けている」
「チェロとヴァイオリンの音色の違いだけではない」
「深みが、重みが、比べ物にならない」
光とサラのチェロによる「ブラームス:雨の歌」が終わった。
光とサラは、内田先生に軽くお辞儀、そのまま小ホールを出ていく。
晃子は、光とサラの顔を見るけれど、全く見向きもしない。
頭を抱える晃子の隣に、内田が座った。
「違いがわかったでしょ?」
晃子は下を向く。
「はい・・・申し訳ありません」
内田
「光君は厳しいことを言うようだけど、サラちゃんと考えてくれて、本物のブラームスを演奏してくれた」
「それも思いやり、晃子さんも、それを感じて欲しい」
晃子は、ようやく顔を上にあげた。
「はい、簡単に考えすぎていました」
内田は、そんな晃子の肩を抱く。
「ブラームスは、失恋を経験しないと弾けない」
「そんな心の屈折を経験しないと、無理」
晃子と内田先生の話が続く中、小ホールを出た光の一行は、まっすぐに帰宅した。
玄関に飛び出して来たのは華奈、どうやら小ホールでの様子を聞いていたようで、いつもの表情と違う。
「光さん、晃子さんを苛めたの?」
「年増って苛めると、後は怖いよ?大丈夫?」
「春奈さんとソフィーでわかっているでしょ?」
その華奈の後ろには、そっと玄関に出て来た春奈とソフィー。
二つの拳が、容赦なく華奈の頭に落ちることは、必然だった。




