光と晃子のリサイタル(2)
晃子と光の「ブラームスヴァイオリンソナタ:雨の歌」の当初は、順調な滑り出しのように聴こえたけれど、光の表情が曇っている。
その曇りに気がついたのは、内田先生。
「光君、最初の音で違和感だね」
「それでも、必死に合わせているけれど」
キャサリンは首を傾げた。
「晃子さんは、機嫌よく弾いているけれどねえ・・・」
「光君がムッとしている」
サラは、胸を押さえて不安そうにステージの二人を見る。
「晃子さん、上手で間違ってはいないけれど、音が軽い」
「きれいに弾いているだけ、あれだとブラームスになっていない」
「単なる模範演奏、心が薄い」
春麗も晃子に厳しい。
「ブラームスって、ただ華やかに美しく弾いても、何も面白くない」
「光君が音色とかニュアンスを変えて、懸命にメッセージを送っているけれど、晃子さんは自分に酔っていて、気がつかない」
「光君の顔が疲れてきているもの」
由紀は晃子のヴァイオリンにも不安になるし、光の珍しい不機嫌そうな顔にも不安。
「もしかして、一曲目で空中分解かなあ」
「少しやばいかも」
その由紀の不安が現実となった。
光は、伴奏を途中で止めてしまった。
そして、深いため息。
晃子は、焦るし、怒る。
「何よ!光君!どうして途中で止めるの?」
「私、何か間違った?」
「仮にも私は先輩なの、後輩なら、どれほど文句があっても、せめて一曲ぐらいは弾くべきでは?」
光は、答えるのも面倒そうな顔。
「晃子さん、伴奏者を替えてください」
「僕は、とてもできません」
晃子は、ますます怒る。
「何ですって?どうして?」
「何様のつもり?」
「何が悪いの?何も間違っていないでしょ?」
しかし、光は、これ以上は晃子の伴奏をしたくない。
そのまま、ピアノの蓋を閉じ、楽譜だけを持って立ち上がってしまった。
そして晃子に一言。
「晃子さん、今のままでは、ご一緒できません」
「お断りします、お気の合う人と」
涙目になって自分を見つめる晃子に、さらに冷たく言い放つ。
「晃子さん、当分、無伴奏専門になったらいかがですか」
「それか、チャイコフスキーみたいな派手な曲のソリスト限定」
と、そのまま、ステージをおりてしまった。
その光の気持がわかったのか、キャサリン、サラ、春麗、由紀も客席から立ち上がった。
そして、全員で小ホールを出て行ってしまった。
「何よ・・・あの態度・・・」
ワナワナと震えるばかりの晃子に向かって、内田先生が歩き出した。




