学園文化祭(2)
合唱部の指揮を終え、光は舞台袖口に戻って来た。
その光にニケがさっと、葉唐辛子のおにぎりを差し出す。
光は、本当に美味しいようだ。
むさぼるように、三つも食べてしまった。
ニケが光の肩をポンと叩く。
「よし!光君、成長した!」
「去年は、おにぎり二つなのが三つになった!」
光が恥ずかしそうな顔。
「そうなると僕の一年の成長って、おにぎり一つ分だけなの?」
「でも美味しいや、確かに」
「ニケさんのおにぎりって、母さんの味と同じ」
そして青白くなっていた顔に、赤みが戻る。
大指揮者の小沢が光に声をかけた。
「次はタンホイザー?楽しみにしている」
光は素直に頷く。
「はい、僕なりのタンホイザーに」
そして、ニケにウィンク。
「おにぎり一つ分の成長、お楽しみに」
ニケも含めて、舞台袖口で全員が大笑いになると、音楽部の準備も出来たようだ。
司会進行の祥子が光に合図。
「光君、そろそろ」
光は、しっかりと頷いて、またステージの中央に向かい、歩いて行く。
その光を満員の聴衆からの大拍手が迎えている。
春奈がその背中を見て、つい皮肉。
「どうしておにぎりで元気が戻るのかなあ」
「実は単純な味覚?」
しかし、春奈もそれ以上は皮肉を言うことが出来なかった。
万雷の拍手を受け、光は指揮台に登り、「タンホイザー序曲」を振り始める。
タンホイザー序曲の冒頭で、大指揮者の小沢は驚いた。
「うわ・・・この落ち着き・・・」
「夢見るかのようなメロディを、実にしっとりと歌わせる」
「何と品格のあるワーグナーなのか」
「音楽の骨格の確かさ、そして大きさは、すでに大指揮者の風格がある」
「やはり聞き惚れさせる指揮者になれる、いや、もうなっている」
舞台袖口で聴くヴァイオリニストの晃子は、胸を押さえている。
「テンポといい、ダイナミクスといい、ニュアンスといい・・・」
「新鮮で、麗しくて、輝いている」
「あの歌心かなあ、心の奥底をしっかり掴んで揺さぶり、高まらせ」
「一旦掴まれたら、演奏者は光君の指揮棒のとりこ」
「光君の思いのままに演奏して、それがうれしくてしかたがない」
「はぁ・・・ソリストでなくてもいい、第一ヴァイオリンで光君の指揮で弾いてみたい」
光が進学する音楽大学の学長は、うれしい悩み。
「ピアニストでも超一級品、でも高校生のオーケストラでこれだけの大きな音楽を作り出す」
「光君が単独でオーケストラの団員を募集しても、すぐに団員が集まるよ、こんな魅力のある指揮だと」
「悩むね、光君の指導は・・・どっちを優先するべきなのか」
光が指揮するタンホイザー序曲は、音楽の専門家だけではない、クラシックなどほとんど聴かなかった高校生にまで、圧倒的な感動と衝撃を与えながら、フィナーレを迎えた。
そして光が指揮棒を降ろし聴衆に向き直ると、聴取全員が立ち上がって、大拍手。
そして、ブラボーの声と、アンコールを求める声が、全く止まらない状態になっている。




