VS滅びの集団(5)
「阿修羅様」
その黒づくめの尼僧が声を発した。
若々しく美しい声だった。
阿修羅は、その手を胸の前で合わせ、尼僧の声を受けた。
そして、いつもより重い声。
「魔術者シモン・マグスとその妻ヘレネーを受け継ぐ女、いかにも阿修羅である」
魔術者シモン・マグスの妻ヘレネーを受け継ぐ女と呼ばれた尼僧は、阿修羅の前に跪いた。
そして、しばしの沈黙が流れる。
ソフィーが、その状況をじっと見る。
「まず、魔術者シモン・マグスは古代サマリアの魔術者シモン」
「そもそも神の賜物である聖霊を理解できず、聖霊を授かる力を金で買おうとして、イエスの使徒ペテロの叱責を受けて反抗し、古代キリスト教最大の異端グノーシス派の生みの親になった人物」
「そのシモンは常に娼婦であったヘレネーを同伴した」
「ヘレネーこそ、神からあふれ出た第一の思考であり、シモンは世界で最も卑しい姿に転落した彼女を救う神であると」
「その彼女の救済を通して、この世界は解体され、シモンに属する者は、この世界を造った者の支配から自由になる」
いつのまにか、ルシェールが厳しい顔をして、ソフィーの隣に立っている。
「シモンにとって、この世は悪。神より下位の諸権力が創造し、支配する領域」
尼僧が憎々し気にソフィーとルシェールを見る。
「大天使ガブリエル、そして聖母マリアの巫女、何故に我らの聖なる動きを止めようとする」
「それこそ、神の意思に反する行為ではないか」
ソフィーの姿が、途端に白い長衣、白く大きな羽を生やした大天使ガブリエルに変化する。
「魔術者シモン・マグスにしろ、ヘレネーにしろ、真の神の意を体現してはいない、結局はまがい物であった」
「それに、お前はシモン・マグスとヘレネーの純粋な血脈ではなく」
大天使ガブリエルの言葉で、尼僧の表情が醜くゆがむ。
ルシェールが一旦、天を見上げ、胸に十字を切って語り出した。
「途中の因縁は、ここではともかく」
「いつのまにか、マニ教とも接触をして、カタリ派になられたのですね」
「この世は善と悪の2つの永遠の力があると説き、可視的な現世は悪の力が造ったもの」
「善なる神から出た魂は悪の領域に囚われていると主張」
「その魂を救済するには、悪に満ちた現世を否定する以外にはないと」
「そのためには財産を所有せず、肉食をせず、結婚も性交も否定」
「つまり、人類に滅びを命じる教え」
阿修羅の声が重い。
「そもそもからして、矛盾が多い」
「滅びを人類に命じるなら、何故にお前たちは、財産を集める」
「お前たち自身が財産が不要と言っておきながら、何故、財産を集める」
「その財産を集めて何をするのか」
「結局、神の意思として、いや詐称して、爆弾を買い、人を爆破しているだけではないか」
「そんな悪行は、この阿修羅には通用しない」
跪いていた尼僧ヘレネーの身体が小刻みに震えだした。
「黙って聞いていれば・・・言いたい放題」
「最高神阿修羅様、いつの世も、私たちの苦しみ、悩みを理解してくださらない」
「何度も、絶滅寸前にまで、打ちのめされる」
「しかし、何故か、その寸前で止める」
「もう・・・悔しくて・・・辛くて・・・」
その身体の震えとともに、尼僧ヘレネーの黒衣が、少しずつ剥がれて行く。




