楓の恋(4)
楓は光たちとの電話を終え、その胸をおさえている。
つまり、ドキドキがおさまらないし、あれこれ不安や何やらもおさまらない。
「うーん・・・光君しか頼れんし」
「でもなあ、光君はアホでナマケモノや」
「早速、斎藤さんと連絡を取ってくれたんは、光君にしては前代未聞の珍事や」
「そういう珍事は、吉事の前兆か、あるいは・・・」
「口に出したくもない」
「あ・・・勝負服って言っとった」
「あかん・・・やせて、全ての服がダボダボや」
「また服を買わなあかん」
「ところがや、奈良町は、そんなお洒落な洋服店がないんや」
「しぶーい中年叔母さんの店ばかり」
「まあ、ええとこ鬼母で十分」
「そんな金もないしなあ」
「新幹線代も高いなあ」
その「鬼母」が、大声で楓を呼ぶ。
「楓!こっちに来なさい!」
楓は鬼母がうるさくて仕方がない。
「軍資金をくれるわけでもなく」
「泣き落としすれば、出してくれるんやろか」
と思って、母の前に出ると、「鬼母」の圭子が腕を組んで、既にお怒り顔。
「光君の家で、斎藤さんとデートするんやろ?」
「少なくともレストランではないんや」
「楓の手料理の一つも振る舞わないとあかんよ」
「それ、わかっとる?」
「勝負服の前に、勝負手料理が何か出来るの?」
「斎藤さんを、コロリと落とすような手料理は出来るの?」
そのグウの音も言えないような指摘に楓はうろたえた。
「そんな・・・急に言われても・・・」
そんな楓の「ウロタエ」が、鬼母圭子は、まどろっこしい。
「あのな、斎藤さんは柔道部や」
「つまり、鍛錬やら、試合で、すごく汗をかく」
「それに関東育ちや」
「こっちの味付けとは違う」
「それと、食生活はスポーツ選手は大事、しかもオリンピック候補や」
「それは、わかっとる?」
楓は必死に言葉を返すのみ。
「え・・・あ・・・そうかな」
すると「鬼母」圭子は、呆れるような情けないような顔。
「あのな、男を掴むに、胃袋を掴まないと」
「見栄えだけの、きれいなお嬢様でどうする?」
「自分の見栄えだけを磨いて、斎藤さんのことを、どれだけ実質を心配しとる?」
「どうやって、オリンピック候補の斎藤さんのためになろうと思っとる?」
「それを言っとるんや」
「はぁ・・・」とうなだれる楓に、圭子。
「これから、デートの日まで、毎日料理の実習や」
「斎藤さんが、元気が出るような料理を実習する」
「いい?遊びではあかんよ」
「マジにやりなさい」
「うん」と、ようやく頷く楓に、圭子。
「それが出来たら、新幹線代と服代は出してあげる」
楓は、母圭子の胸にすがって泣き出している。




