厚顔ワグネリアンVS年増組(2)
音楽大学の校門を出たあたりから、ワグネリアン宮川の耳に、どこからともなくワーグナーのオペラの名曲が流れ出し、最寄りの駅から電車にフラフラと乗ってからも、全く鳴り止まない。
まずは、勇ましい「ワルキューレの騎行」が聞こえている。
宮川は、全身が震えた。
「これこそ、楽聖ワーグナー様のお導きだ!」
「なんと、嵐のようなパワーだ!」
「よし!絶対にあの神のよう美女を落とす!」
その宮川の心をさらに鼓舞するかのように、「ローエングリーンの第三幕への前奏曲」が耳に響き渡る。
「よしよし!これで勇気が百倍だ!」
「何やら、ますます身体が興奮してきた!」
その次に聞こえてきたのは、「タンホイザー大行進曲」。
宮川の興奮は、この時点で最高潮。
そして、その目に映ったのは吉祥寺駅の看板。
「よし、さっき頭の中を駆け巡ったのは、この吉祥寺という文字」
「となると・・・ここに、あの神のような女がいるに違い無い!」
「よし!ここで降りる!」
と電車を降りた宮川に、タキシードをきっちりと着込んだ眉目秀麗の若者が走り寄って来た。
「宮川様でございますね」
宮川は、まず、その若者に見とれた。
「うわ・・・そそる・・・何という美青年か・・・」
「立ち居振る舞い、表現しがたい高貴なエロス・・・」
宮川は、思わず抱きしめようと腕を伸ばすけれど、その瞬間、見目麗しい若者が蕩けるような流し目と一緒に、店のカードのようなものを渡してくる。
「我らが姫が首を長くして、お待ちしております」
宮川は、その店のカードを見て、また全身に電流。
「シャトー・ノイシュヴァンシュタイン・・・その名前こそ・・・」
「もしや姫の名は?」
しかし、その見目麗しい若者は、艶然と微笑む。
「それは、姫にお目通りとなってからの、お楽しみでございます」
「さあ、早速・・・姫は我がまま・・・」
「早くしないと・・・他の殿方に先を越されてしまいますよ」
宮川は、その言葉で、本当に焦った。
「そうか!それでは是非に」
「せっかくのお誘い・・・」
「これも楽聖ワーグナー様の私へのご褒美だろう」
「さあ、君!早速、姫のところまで案内してくれたまえ!」
と、矢も楯もたまらず、歩き出す。
さて、大興奮しているのは、ワグネリアン宮川だけになっている。
人通りの多い吉祥駅、いや、その前の電車の乗客から、相当数の「不審者情報」が鉄道会社や警察署に多数、寄せられている。
「電車で夢遊病のように、大声で歌を歌い、指揮棒を振る仕草」
「どうもテレビで見たことがある宮川という派手目の音楽評論家らしい」
「ズボンの前が半開きで、実に見苦しい」
「それより何より、口臭と体臭がひどい、まるで汚水のような臭さ」
また、見目麗しい若者は、ソフィーの変装になるけれど、そのように見えるのは、宮川だけ。
一般客の目には、警察官の制服を来た若い女性が、醜悪の限りを尽くす宮川を連行しているように映っている。




