デヴューリサイタル当日の朝(1)
光のデヴューリサイタル当日の朝、近鉄奈良駅から特急に乗った楓は、母圭子から重々お説教をされている。
「楓、今日は光君の本当に大切なプロデヴューの日なの」
「いい?余計なことを言って、光君の邪魔をしないこと」
「それから、レセプションで大食らいをしないこと」
「あの大騒ぎして、大食らいの娘が、光君のいとこって言われたら、この私も恥ずかしいの」
春奈の母美智子も一緒に近鉄特急に乗る。
美智子は、シュンとなる楓が可哀そうになるけれど、圭子のお説教もよくわかる。
「あの繊細な光君だもの、余計な神経を使わせたくない、そっとしておいてあげたいと思うのは当然」
「うちの春奈もルシェールに嫉妬して変なこと言わないように、がっちり釘を刺さないと」
そこまで思ったので、そのまま春奈にメール。
「春奈は、光君から半径10メートルは離れなさい」
「全てルシェールに任せなさい、もう大年増なんだから」
そのメールを見た春奈は、口をへの字に結ぶ。
「う・・・鬼母、そこまで言わなくてもいいのに」
「半径10メートル?そんなの無理って」
「全く大年増って何?気に入らない、事実だけど、これはエイジハラスメント?」
「あーーーやだーーー、超面倒」
もう一人、近鉄特急に乗るルシェールの母ナタリーは胸の十字架を握りしめる。
「ルシェールも必死だ、ようやく光君の隣の席をゲットしたけれど」
「まだまだ、有力な巫女さんは多い」
「おっとりしていると、足元をすくわれる」
ナタリーもルシェールにメールを打つ。
「ねえ、何があっても、光君を支えなさい」
「光君の全ての表情とか言動に気を配って」
ルシェールからの返事は早い。
「うん、大丈夫、それが私の妻としての役目だもの」
「今の光君は、お母さんの写真に手を合わせている」
そのルシェールからの返事で、楓、圭子、美智子、ナタリーは一斉に涙ぐむ。
さて、伊豆の温泉旅館を経営する光の叔母奈津美は、予定を変更し2時間も前に三島から新幹線に乗った。
そして新幹線車内でルシェールにメール。
「ごめんね、ルシェール、光君だとスマホもPCもあてにならないの」
「上野のホールに直接と思ったけれど、その前に光君の家に行く」
「どうしても光君の家で、光君を見たい」
「姉さんの写真にも手を合わせたい」
ルシェールの返事も早い。
「わかっています、そのほうが光君も落ち着くと思います」
「お父様にも連絡しましたけれど、無理のようで」
奈津美は、そこで少し涙。
「史さんも、ほったらかし過ぎ、顔ぐらい見せればいいのに」
「光君が我慢強いからって言っても、これはちょっと・・・」
鎌倉からのニケは車で光の家に直接向かう。
その車の中には、大量の葉唐辛子のおにぎりと、干し柿。
「光君の大好物、元気をつけさせないと」
「菜穂子さんの写真にも、お供えしないと」
「私も光君と菜穂子さんの写真を見ると泣いちゃいそう」
それでも気丈なニケはソフィーにメールを打つ。
「ソフィー!今日だけは光君に文句を言わないこと!」
そのソフィーから返信が来た。
「うん、とても言えない、光君、スーツを試着したら、メチャ可愛い」
その写真を見たニケは、うれし涙になっている。




