光のプロデヴュー前日(3)
光はピアノを弾き続けている。
しかし、明日のデヴューリサイタルで演奏するドビュッシーではなく、指ならしとして、ショパンのエチュードを弾いている。
その光のすぐ近くには華奈。
とにかく心配で光から離れられない。
「最初のソロリサイタルだもの、私がついていないと」
他の巫女たちは、光から少し離れてピアノを聴いているようないないような状態。
由香里
「あまり近くで聴いて神経を使わせたくない」
由紀
「華奈ちゃんは、くっつき過ぎ、あれだと光君の邪魔」
春奈はやはり華奈が気になったのか、引きはがそうとする。
「とにかく、そっとしてあげなさい」
「光君が心置きなく練習できるように」
華奈も、その言葉でようやく光から、数歩離れる。
他の巫女は、光が弾いているショパンのエチュードに聞き惚れる。
柏木綾子
「そのままリサイタルに使える、これでもいいかなあ」
キャサリン
「単なるウォーミングアップで弾いているみたいだけど、詩情がたっぷり」
サラ
「まさに阿修羅になっていない時は、ミューズの神だ、いい感じ」
春麗
「アンコールで弾いたらいいのに、次回のリサイタルの宣伝にもなる」
二階の大広間から、ルシェール、ソフィー、望月梨花が降りてきた。
ルシェールが光に声をかけた。
「ねえ、光君、そろそろ夕ご飯にしようか」
光は、ピアノを弾く指を止めた。
「うん、ありがとう、今日は練習を終わりにする」
少し残念そうな顔になる巫女たちの中から、華奈が光に声をかけた。
「ねえ、光さん、明日の曲は弾かないの?」
その華奈の疑問は他の巫女も共通していたようだ。
全員が光の答えを待つ。
光は、真面目な顔で答えた。
「うん、明日、ステージに乗って、本番が始まってみないと、本当の弾き方ってわからない」
「つまりね、響き方が家とホールでは違う」
「だからニュアンスは家の中で完璧であっても、ホールではまた別の話になる」
「ホールでもね、いろんなホールで同じように弾いても響き方が違う」
「同じホールでも、リサイタルで聴衆がいない時と、聴衆が入った時では、響きが違うの」
望月梨花は、その光の答えに、感心した。
「そうか・・・ここであまりやっても、無駄になるんだ」
「ホールの響きを確認しないで弾いても、自己満足でしかない」
有名なシェフの言葉を思い出した。
「自己満足で客を考えない料理ほど、不味い料理はない」
「演奏家も同じことか、自分を売りたいがために、アクの強い演奏をしたがる」
「その意味で、光君が繊細なドビュッシーを選んだのは正解かもしれない」
キッチンに入っていたルシェールが顔を出した。
「ねえ、光君、匂いでわかった?」
光は、即答。
「うん、牡蠣の土手鍋と・・・その後は牡蠣雑炊?」
「すごく食べたかった、さすがルシェール」
光の顔に、久しぶりの笑顔が戻っている。




