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 小学校から中学校、高校、大学。そして、ありとあらゆる専門学校をこれでもかと押し込めた第27コロニー《学峰》。その中でも、游一が通う空護救命士養成学園は中央に聳えるターミナルから南西一角の一大敷地に立てられた。広大な敷地には座学を学ぶ校舎意外にも、海上における航空事故や海難事故、本島に山林での遭難や災害に対する多種多様な訓練施設があり、現役学生たちが身につけている救難技術の高さは日本屈指との呼び声も高い。

 とはいえ、とりわけ実技の時間で無ければ、その授業風景は他の学校と対して変わらなかった。机を並べ、パーソナルタブレットを立ち上げ、液晶黒板の板書を写していく。参考書や問題集が全てデータ化されたおかげで、いちいち重たい参考書を持ち歩かなくて良くなったのは翼を手にした新人類にとって大きな進歩だ。

 朝から全身ずぶ濡れになった游一は、チームハウスでシャワーを浴び速乾洗濯機で制服を乾かした後、ギリギリ一限目の授業に滑り込んでいた。遠見のチームから救助に携わっていた証である救助証明をもらえば遅刻欠席の罰は受けなくて済むが、間に合う授業は出席するに限る。

 実際、游一は一年生の時に救助活動に参加しすぎて出席日数が足りなくなり、危うく留年しかけたのだ。特に游一のチームには何かとトラブルを引き起こす先輩がいるので、出来るだけ先生達の印象は良くしておきたい。

 そんなこんなで、無事に一限目の授業を終えた休憩時間。

 游一はくるりと座席を回すと、パーソナルタブレットではなく昔ながらのノートとペンで板書をメモしていたクラスメイトに、朝の一部始終を報告した。

「てなわけで、今日のミーティングには間に合わなかった。本当にすまん。断じて忘れてたわけじゃない!」

 両手を合わせながら、游一が同じチームに所属する女子生徒に熱弁する。

 一通りの説明を終えると、切れ目の双眸を手元の筆箱に落としていた彼女は「ふぅ」っと細く息を吐いて、形の良い鼻先を游一の方へと持ち上げた。

「あいっかわらず、よく救助者に行き会うわね、游一は。なんかコツでもあるの?」

 肘を机に乗せ、頬杖を突きながら女子生徒がからかうように訊ねる。

 知的なアーモンド型の双眸に細い眉。飾りっ気の無い縁なし眼鏡に、腰掛けた椅子から零れるほどの長い髪。いろんな沸点が少々低いことを除けば、同級生の中で一際大人っぽい國雲京香くにくも・きょうかはクラスメイトであると同時に游一が所属する救助チームのチームメイトだ。

 意地の悪い笑みを浮かべながら返答を待つ京香に、游一は負けじと白い歯を剥きながら不敵な笑みを口元に作る。

「引きが強いんだよ。俺は」

 至極真面目に答えた游一だったが、その返答に両肩から「待った」の声が掛かった。

 授業中は大人しく机の端に座っていたナゲットとバンジーが、揃って游一の肩によじ登り声を上げた。

「引きが強いっていうより単なる不幸属性だろ」

「そうそう。むしろ游一が行くところに救助者が発生するっぽいよねぇ~」

「おい、人を探偵漫画の主人公みたいに言うのはヤメろ」

「「見た目は子供、頭脳も子供!」」

「やかましいっ!」

 ぴったりと声を揃える二匹に、游一が目尻を鋭く吊り上げる。なかなか迫力のある眼光を飛ばしながら腕を伸す游一に、ナゲットとバンジーは笑いながらその手をするりと潜り抜けた。ドボンガと呼ばれる腹這え姿勢のまま、ナゲットとバンジーが重力を無視する動きで游一の肩と言わず背中と言わず、その全身を滑り出す。

 自分の身体の上を逃げ回る二匹に、游一が「こら、いい加減にしろ」と再び声を張り上げる。

その声を追い掛けるように、京香の口から苦しげな笑い声が零れ出した。

「くぷぷぷ、あっははははーっ! 良いわね良いわね。それ最高ーっ!」

「何が最高だ! 俺はガキじゃねぇ!」

「何言ってんのよ、ぴったりでしょ。確かに游一は子供よ、子供。考えるより先に行動するところなんか、特に。あはははは、ホントにぴったし! あ~、苦しい苦しい~」

 お腹を抱え「ひ~ひ~」と苦しげに息をしながら、京香がこれでもかと爆笑する。手の平で机をバンバンと叩くその姿に、同級生から頼られる姿は見る影も無い。

 品行方正優等生の見本のような國雲京香は意外と怒りの沸点が低いことで有名だが、それ以上に笑いの沸点が低いことで有名だった。チームハウスの本棚には京香お薦めのギャグ漫画が占拠しており、共有テレビのハードディスクはお笑い番組でパンク寸前になっている。

 ある意味、それが京香の取っつきやすい部分でもあるのだが、一度笑いの発作が始まるとなかなか話が先に進まなくなるのが悩みの種だ。目尻に涙を溜め、その涙を指先で拭ってはお腹を抱えて笑い続けている。時折「見た目は子供、頭も子供」とツボに入った言葉を繰り返しては、抑えきれない笑い声を零している。そこに、京香の肩へよじ登ったナゲットとバンジーが悪ノリしてさらにギャグを囁いているのだから、もはや収拾が付かなくなっていた。

 結局、京香はその休み時間も、その次の休み時間も、そしてお昼休みも同じネタで笑い苦しみ、ようやく朝のミーティングの話を持ち出した午後の授業も終えた課外活動の時間になってからだった。


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