授業でも、つまらないことはしたくない
古いとバカにして、全てを排除してきた己の戦術は、バカにされたような戦い方で完封された。全てを避けられ、体力が尽きたベルモットの前には、無傷のシドーが立っていた。強がってはいるが、ベルモットはもう動けない。ここからは、一方的にシドーの攻撃を受け続けるのみ。
ならば、そうなる前に一つだけ聞いておきたかったことがあった。いや、聞かねばならないことがあったのだ。それは、自分がもっと冷静であったならば、最初に聞くべきことであるもの。今になって思えば、頭に血が上りすぎていたのだと、恥ずかしくて仕方ないほどの、今更の質問。
けれど、場合によっては、いいや、今回に至ってはタイミングが良かった。
「あなた……一体何者よ……?」
ベルモットが聞きたかったのは、自分がどこの誰に倒されたのかというもの。ベルモットは、シドーのことを紙面で触りだけは知っていても、詳しくは知らなかった。どこの軍隊に所属していたのか。どういう人生を歩んできたのか。どこで、こんな戦い方を学んだのか。
だが、返ってきた答えは、ベルモットが考えていたようなものではなく。
「何度も言ってるだろ……。俺は元ニートの臨時教師、ナミカゼ=シドーだよ……」
面倒そうに答えるシドーが、呆れたようにそういった。
何度も、という点には引っかかりを覚えたが、ベルモットはフッと笑った。
どうやら、自分はシドーから学べることが多いと思ったようだった。認めざるを得なかった。なにせ、自分より強い人間なんてそう多く見たことはなかったから。
だが、ここで負けを認めるかと言えば、それはまた別の話。
確かに、ベルモットは敗北を確信している。このまま続ければ必ず自分は負けると理解している。だからといって、ここで諦めるわけがない。これは正義を決める戦い。中途半端な戦いをしては、聖都に其の身を捧げた自分を貶めてしまう。それは認められない。認めてはならない。何より、これほどの強敵と戦える機会は多くない。
(ここで逃げたら、姫の……この国の名折れだわっ!)
もう、ベルモットにシドーを馬鹿にする感情はない。同時に焦りもなくなり、思考もクリアになっていた。だから、次のベルモットの攻撃は、鋭く、彼女らしい真っ直ぐな一手に成った。
ただ目の前の相手に勝ちたいという、純粋な特攻は、悲しいかなシドーが最も嫌った攻撃で。それこそが、シドーの弱点なり得るものだったのだ。ひやりと、シドーの額に汗がにじむ。それだけで、シドーの余裕の無さを感じられる。自分の体を切り裂こうとする攻撃から逃げようと、シドーの体が遅れ馳せに後ろに傾くが、手遅れであると悟ると、舌打ちを打って、無意識に憎たれ口が漏れ出した。
「やっと本気になったってことか……っ」
しかし、その攻撃はシドーのシャツに掠めたところで威力を失い、地面に深々と突き刺さった。ベルモットの全身を包んでいた《機獣》は解け、本人は虚空を見つめるように立ったまま、会場の空気が静かに冷たくなっていく。
武装を解除したまま立った状態のベルモットに、汗を拭ったシドーが近づくと手を伸ばす。
「でも残念だな。あと一分……いや、あと数十秒早く認めていれば、俺はお前に負けていたよ。男は弱いっていう、お前のその驕りが無ければ、俺は今こうやって立ってはいなかった」
言って、シドーはツンッと、ベルモットの背を指で突くと、バランスを崩したベルモットの体は、砂の城のごとき脆さで地面へと崩れた。その音が会場いっぱいに響き渡る。最後の最後で見せたベルモットの本気。わずか数秒にも満たない瞬きほどのささやかな時間。されど、学生はもちろん、観客全てが瞼を閉じることさえ忘れるほどの、奇跡の会合。
静けさが消えた。
ベルモットの敗北に、観客は、聖都の民は皆、口を揃えて吠えた。言葉になるようなものではないが、歴史を今、見ているのだと、そう吠え上がったのだ。男が、女を下したと。世紀の瞬間に、人々は席を立ち、拍手喝采を起こし、男の中では涙を流す者までいた。
そうして、会場が湧き上がるのを耳にして、シドーの心に感情が追いついてきた。
目に写るのは、体力を失って気絶しているベルモット。そして、手に汗がにじむ自分自身。誰の目から見てもシドーの勝利。揺るぎないビクトリー。自分はいつから勝つことを目標にしたのだろうと、思い返すまでもなく、シドーは勝っていた。
残ったのは勝利の悲鳴、それと心に深々と突き刺さる後悔。会場のテンションは、ベルモットとシドーの心とは相反して盛り上がり、気絶しているベルモットはさておき、シドーの心の中では、
(勢いで勝っちゃったけど……このあと、どうしよう?)
嫌な汗とともに、この後に控えている災難を思って、シドーは引きつった汗をかき始めるのだった。




