戦いでも、本気でやりたくはない
今週は2話で、来週から週一話のペースで更新します。
《機獣》。
これを作り上げたのは、今では世界にその名を馳せる国、帝国と呼ばれるオルディナータ帝国の戦争技術部門のとある天才博士であった。
《機獣》に使われているものは主に金属である。しかし、その金属が特殊なもので、形状記憶合金のように温度によって形状がもとに戻ったりするというものではない。《機獣》に使われている金属は、エネルギーとなる物を摂取すると、まるで生き物のように形状を元に戻していく。ただし、決定的な違いは、元に戻る際に、質量が大幅に増えることにある。
例えば、マリーが持っている《機獣》は、エネルギーとなる生体電流を受けると、胸ポケットに挿している万年筆が変形し、服、武装へとなる。当然、質量は変形したあとの方が重く、また強度も高くなる。この様に、不思議な金属のことを《増減エネルギー反応型変態金属》と呼ぶ。
さらに、ハイクオリティメタルは人の体に流れる生体電流、あるいは血液を吸収することによってのみ起動し、プログラミングされた形へと変形することが可能になる。
そして、エネルギーとなる二種類でも、生体電流と血液では、デメリットが存在するが、血液のほうが瞬間火力が生体電流を用いる《機獣》の、実に十倍の威力を発揮する。
だからこそ、真に強いと呼ばれる者たちは皆、血液摂取型の《機獣》を操るのだ。
「目覚めて、黄金の獅子」
例に漏れず、聖都一の強さを持つと言われるベルモットも血液摂取型の《機獣》を所有していた。通常形状は綺麗な黄金色の髪飾り。それに手を触れると、チクリとベルモットの指に刺激が走り、指先から血を吸われる。そうして、起動したベルモットの《機獣》は見る見るうちに紅と蒼のドレスへと変わり、その細い手には到底収まるはずがない大きな戦斧が握られていた。
戦意は放たなくとも漏れ出し、その表情には王たる威厳を見せていた。ベルモットは身に余る戦斧を持ち上げ、天高く掲げるとシドーに鋭い視線を向けた。
「私はグレイスワース=ベルモット! この力は聖都を守るために振るい、この身は聖都の繁栄のために使うと誓った! この戦いは、正義を決めるための戦いである!!」
宣誓である。
ベルモットは己の存在を人々へと見せつけ、目の前にいる男を屠るこの戦いこそ、聖都のためになる行為であるのだと、たった今、声高らかに宣言した。それに呼応するのは、ベルモットを愛し、信じて止まない聖都の民たちである。遠吠えのような激しい同意の叫びは、会場を震わせるどころか、街一つを震撼させるものであった。
さすがは姫と言うべきか。こういう風に人の心を連れるのは慣れていた。会場が一瞬にしてベルモットのものとなり、シドーは悪だと決めつけられた。剣は交えずとも、戦いは始まっていたのだ。そして、精神という分野においては、ベルモットは今、勝利を収めたと言っても過言ではない。
だが、それは周りの空気に反応してしまう、一般人に対しての戦い方であることを忘れてはならない。さらに、シドーは元ニート。ニートを一般人の尺度で測ってはならないのだということを知れ。
「で? いつ向かってくんの?」
「なっ……あなた、何も感じないの……?」
一般人であれば、いいや武術経験者であったとしても、周りの空気が自分を悪だと睨む中で、平常心を保てるはずがない。誰もが緊張として体に異常を来すはずだ。だというのに、シドーにはそれが見当たらない。
シドーには周りの空気というのが、とても希薄なのだ。マリーに彼氏が出来たとしても、普通に毎日家に呼んだりするし。流行りのものだからと言って、好きになるわけでもない。何より、全人類が右を選択しても、左だと思えば左を躊躇なく選択するほど、空気が読めない自由人なのである。
そんなシドーに、この程度の精神攻撃など、あってないようなものである。現に、シドーは早く試合を始めようと、呑気なことを言っているくらいだ。
ベルモットは自分の第一作戦を華麗にスルーしたシドーに、多少の怒りを持ちつつ、第二作戦を発動しようと地面を蹴って駆ける。
「疾ッ……!」
超重量の戦斧を強化された肉体でありえない速度でシドーがいた場所を横薙ぎすると、風圧で辺りに砂煙が舞う。
「おう。唐突に突進か。食らったら上下でこんにちわだな」
「?」
(まぐれ? それとも、避けたの? まさか、人の目で微かに見える程度の、さっきの攻撃を?)
手応えはなかったが、シドーが自分の攻撃を避けた感覚もなかったベルモットは、シドーの悠長な言葉に疑問を持って、先程の行動を考察するが、シドーの行動が全く見えなかったために答えは得られず。自分の狙いが甘かったのかもしれない。まぐれで避けられたのかも。そんなさっちもない空想が頭を巡って邪魔をする。
実のない想像は結論を断念させ、後に疑問となってベルモットに立ちはだかる。
実に縦横無尽だった。ベルモットの攻撃は悉く外れ、シドーは難なく生きながらえる。その行動のループは狭くはない戦場の四方八方で行われ、怒号のような爆発音と、それに伴った土煙は有に二桁を超え始めた。しかし、ベルモットの中で、戦斧が当たらないのは、自分が本当の殺意をまだ出していないからであると思い込み、真の理由から逃避している自分を、必至に気が付かないようにしていた。
そう、本当は気がついているのだ。自分が、バカにしていた男に、すべての攻撃を避けられているということは。けれど、それを肯定など出来はしない。バカにした相手に負けるのが恥ずかしいからではない。このご時世に、男に負けることが恥ずかしいからである。
男は古い戦いしか出来ない。だから、自分が先頭に立って、女性を率いて新たな戦法で、新しい正義を振りかざしたい。そう思っているからこそ、ベルモットは、自分がシドーに負けているという不遜を信じるわけにはいかなかったのだ。
「どう……して……」
地面には生々しい切り傷が目立ち、土煙は激戦だったことを記すように未だに静かにならない。ベルモットっとの息は上がり、戦斧を杖代わりにしなければ立っていることすらままならない。
勝利を信じ、応援と歓声が響いていた会場に、もはやその音はなく。あるのはただ、固唾をのむ、重い空気のみ。
だというのに、シドーはただ涼しげに、ベルモットの方を見ては、こう問いかけた。
「《機獣》の全体武装は、身体能力の大幅上昇の代わりに、いつも以上に体力を使う。そろそろ厳しいんじゃないか、姫さま?」
「涼しい顔して……痛いところを……突いてくるじゃないの……男のくせに」
いいや違う。
男だからこそ、なのだ。
シドーが、こうしてベルモットに優位に立ち回ることが出来たのは――否、勝つことが出来たのは、男だったから、だった。
ベルモットは理解した。とっくにわかっていたことを、今ようやくにしてわかったのだ。
自分は、男に負けたのだ、と。




